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本、映画、音楽の感想/レビューなど。

『なぜ美を気にかけるのか 感性的生活からの哲学入門』/ドミニク・マカイヴァー・ロペス、ベンス・ナナイ、ニック・リグル

スムーズに読める分析美学の入門書だが、どこかしっくりこない。原題と日本語タイトルのズレから見えてくる、本書が扱う問いと扱わない問いについて考えてみた

『人間とは何か』/マーク・トウェイン

人間のあらゆる動機は結局のところ「自己満足」に集約される、というトウェインの主張は身も蓋もないが、何だか納得させられてしまう。人間存在の変容を求めるプラトンのイデア論と比較してみると、トウェインの人間観のドライさが一層浮き彫りになった

『饗宴』/プラトン

エロスとは神ではなく、美を欠いているからこそ美を欲求する存在である。エロス論の核心を追いながら、ディオティマという権威を借りて語るソクラテスの「ずるさ」と、それでも納得させられてしまうプラトンのレトリックの巧みさについて考える

『女たち』/桜井鈴茂

村上春樹とブコウスキーの影響を多分に感じさせる短編集。だが、なんというか「めっちゃ共感できる、趣味の合う友達」のように思えて、この作家のことは信用していい、と思えてしまうのだ

『方丈記』/鴨長明

挫折と諦めの末に5.5畳の組み立て式ハウスにこもり、「ただ静かに暮らすことだけを考える」と言い切った男による随筆。800年前の話だが、長明の悩みは現代人のそれとまるで変わらず、とても他人事には思えない

『人形の家』/ヘンリック・イプセン

「役割を演じる人形」から「自ら思考する個人」へ――なぜノーラは静かに確信して家を出ていくのか。彼女の変容を軸に、イプセンが描いた自立の意味を読み解く

『心コレクション』/植島啓司

植島啓司が100の「名言」を選び、コメントしている一冊。ゲーテから叶恭子までバラエティに富んでいるが、全体に漂うのは軽めの自己啓発書のような食い足りなさである。引用を虎の威としたスタイルへの違和感と、その中で微かに共鳴した言葉について

『世界は終わらない』/チャールズ・シミック

悪夢的なユーモアと静謐な不穏さを併せ持つ、チャールズ・シミックの散文詩集。ボリス・ヴィアンやジャズ、ヴォルフガング・ティルマンズの表現を手がかりに、その独特な「ホームスパン・シュルレアリスム」を読み解く

『愛しあう』/ジャン=フィリップ・トゥーサン

東京を舞台に、別れを決めた男女が漂わせるウェットな倦怠感を描いた長編。ミニマルな断章形式で、愛の終わりの宙ぶらりんな時間の感触が浮き彫りにされる。独特の浮遊感とメランコリーに、切実さが加わった一作

『まなの本棚』/芦田愛菜

本に対する愛情と、本好きならついつい共感してしまうエピソードが詰め込まれた一冊。芦田愛菜は、沢山本を読んでいるから知性的、なのではなく、きちんと自分で問いを抱えて考えようとする人だから知性が感じられるんだ、とすっかり感心させられてしまった

『ためらい』/ジャン=フィリップ・トゥーサン

些細な予兆から思考が飛躍し、無根拠な断定へと駆け上がっていく…という脳内のプロセス(=妄想)が丹念に描かれる、独特過ぎる一冊。何も起こらないのに不穏な気配ばかりが横溢し、主人公はひたすら「ためらい」続けるだけ、という小説の魅力を考える

『The Other Day』/Quentin de Briey

元プロスケーターの写真家が、25年分の人生の断片を放り込んだ写真集。大胆かつ自由に重なり合う約800枚の写真たちが、規格外のワイルドな「私的記録」として迫ってくる

『本を書く』/アニー・ディラード

なぜ書くのか?ディラードのエッセイを読むと、書くことと生きることの結びつきについて考えさせられる。「あなたは、あなた自身の驚きに声を与えるために存在する」という一節は、この問いへの明快な答えを示しているように思える

『氷』/アンナ・カヴァン

氷に覆われゆく終末世界を舞台に、「少女」への執着に取り憑かれた「私」の語りが展開される。「信頼できない語り手」という言葉では到底足りない、現実と幻想がどろどろに溶け合ったドラッギー過ぎるモノローグを分析する

『パターン・レコグニション』/ウィリアム・ギブスン

作中に登場する「バズリクソンズの黒いMA-1」を、20年以上前に父が現実の製品として購入していた話と合わせた読書感想。MA-1を介して久々に触れた、ギブスンの独特なグルーヴは心地よかった

「運」/芥川龍之介

観音様に祈ることで財産を得たが殺人を犯すことにもなった女の運は、「善い運」なのか「悪い運」なのか。若侍と翁の平行線の会話から、運を巡る価値観のズレを描く短編。すっきりと割り切れない、宙吊りのような読後感について考える

『ピノッキオの冒険』/カルロ・コッローディ

ディズニー版と異なり、原作のピノッキオは「悪ガキ」そのもの。良心の象徴コオロギを秒殺し、誘惑に負け続け、何度も同じ過ちを繰り返す。成長しないからこそどこか愛おしい、悪童としてのピノッキオの魅力を読み解く

『トンネル』/ベルンハルト・ケラーマン

手塚治虫が激賞したことで有名な長編。海底トンネルの建設に執念を燃やす男と、資本と労働に呑み込まれていく人々の姿を描く。100年以上前の作品だが、エンタメ性と批評性を兼ね備えた、ページターナーと言うに相応しい一作

『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』/乗代雄介

「オリジナリティとは何か」とは古典的な問いだが、本書の乗代は自身の体験をベースに挑発的な筆致で主張を打ち出しているところが魅力的だ。表現者とは皆、外部の影響を合成した「キメラ」でしかない。全てが外から来たことを自覚し、不格好さを抱えたまま…

『0円で生きる 小さくても豊かな経済の作り方』/鶴見済

労働と消費のループから抜け出し、お金への依存度を下げることは可能なのか。社会の仕組みに抗いつつ、「小さくても豊かな」経済圏を探る一冊。お金との適切な間合いを測ることを、一つの抵抗の形として考える

『写真講義』/ルイジ・ギッリ

写真とは何かを問い直す一冊。日常的な被写体、ミニマルな構図、平面的な表現——静謐な彼の写真は「絵画的」と評されるが、それは現実とイメージの「均衡点」を探り、世界を問い直す試みである

『インプット・ルーティン 天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。』菅付雅信

質の高いアウトプットのために大量・高精度なインプットを習慣化せよ、という極めてシンプルな主張。内容に新鮮味はないが、サボりがちな自分に活を入れてくれる「正論」として機能する一冊だった

『39歳からのシン教養』/成毛眞

「読書するよりググれ」と主張する一冊。30代半ば以降は効率的な情報収集こそが重要だというが、本書で提唱される「シン教養」とは、本当に教養と呼べるものなのだろうか?という疑問は残る

『読んでいない本について堂々と語る方法』/ピエール・バイヤール

「読んだ/読んでいない」という二分法を疑い、批評とは本についてではなく自分自身について語ることだ、と説く一冊。一見挑発的だが、読書や批評の本質を問い直す姿勢は驚くほど誠実

「芋粥」/芥川龍之介

五位が「芋粥を飽きるほど飲んでみたい」という夢を失う哀しみを描いた短編。彼の夢は、叶えるためのものではなく、憧れ続けるためのものではなかったか。夢というのは、必ずしもそれを叶えられる強者のためだけのものではないはずだ

「袈裟と盛遠」芥川龍之介

愛という名のエゴイズムが引き起こす、主体性の完全な放棄と自己否定の行方には何があるのか。殺人と死へと突き進む男女の心理を掘り下げ、倫理も理性も超えた「抗いがたい感情」の必然性を読み解く。神話的な美しさのある短編

『服を作る モードを超えて 増補新版』山本耀司、宮地泉

「まじめな生活をしているだけではだめ」と語る山本耀司の、世の中のモラルや既成の美意識に対する反骨精神に惹かれる。社会が求める「正しさ」から外れ、孤独と友達になりつつ、自分なりの生を生き切るための意志を再確認させてくれる一冊

『持たない暮らし』/下重暁子

下重は、単なるミニマリズムではなく、個の確立を前提とした暮らし方を説く。自分なりの価値観こそがその人の値打ち。ものを書くことが「自分への執着」であるなら、書くのを億劫に感じていた今の自分は何を失いかけていたのか?

「羅生門」/芥川龍之介

下人が得た「或勇気」の正体とは何か。ラカンの欲望論を補助線に、老婆の自己正当化が下人に与えた「大義」と生存論理への転換を読み解く。既存の規範が崩壊した世界で、個が新たな規範を見出していく物語としての再解釈

「泥の河」/宮本輝

高度経済成長直前の大阪を舞台に、ねっとり湿った夏の空気や貧富の明暗を鮮烈に描く短編。同じ子供でも属する世界が違うという哀しい真実が、米櫃に手を入れ「温い」「冷たい」と交わされる数行の会話から残酷なまでに立ち上がる