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『ワインズバーグ、オハイオ』/シャーウッド・アンダーソン

19世紀末のオハイオ州の架空の町、ワインズバーグに暮らす人々の小さな物語を集めた短編集。アメリカ中西部の田舎の小さな町で生きるということの倦怠や閉塞感、不安や生き辛さといった感情に焦点が当てられており、ほっこりする話やハッピーな話などというのはひとつもないのだけれど、それでも生きていく、という人間の力強さが感じられる一冊になっている。

冒頭で、これは「いびつな(grotesque )者たちの書」だと語られているとおり、登場人物たちはみな揃って風変わりというか、どこか歪んでいるというか、ちょっと普通ではない人物ばかりだ。ただ、彼らの「いびつさ」というのは、何というか、そういうところこそがまさに人間らしい、とでも言いたくなるような、人間味ってまさにそういうやつだよ、というような、そんな具合の「いびつさ」なのだ。彼らは、世間の人からすると「無闇に深遠なやつ」だったり、「変人」だったりするのだけれど、「ほかの人たちと同じように、人生に温かさと意味を感じられるようになる」ことや、自分の存在を理解してもらうことを心の底から求めている。彼らがぶち当たる問題や悩みというのは、非常に普遍的なものでもあるのだ。

そんな彼らの身に、ある日突然、何としても抗い得ないような、異様に強烈な内なる衝動が訪れる。それは、自らの人生に抵抗する衝動、既存のものや自分を縛り付けるもの、自分の未来、自分に絡みついて離れないもの全てを焼き払おうというかのような衝動であって、その訪れの瞬間、彼らの生はかつてない程のエナジーを迸らせ、束の間燃えるような輝きを見せることになる。ただ、それはあくまでも瞬間的な衝動、瞬間的な輝きにしか過ぎず、決して長続きすることはない。本作に収められている物語の多くには、そんな瞬間の美しさと激しさ、そして、その衝動が彼らの残りの人生にどのような影響を与えるのか――それは悲しいかな、大抵はマイナスの影響である――が描かれている。

20以上の短編(なかには、ほんの数ページだけのスケッチ的な作品もある)が収められているが、いずれもクオリティが高く、鮮やかな印象を残すものばかりだ。さすがはスモールタウンものの代表作と呼ばれるだけのことはある。俺がとくに好きだったのは、「紙の玉」、「冒険」、「タンディ」、「語られなかった嘘」、「見識」あたり。

少年が成長していく過程で、人生を初めて後ろ向きに見る瞬間がある。おそらくそれが、大人への境界線を越える瞬間なのだ。少年は生まれた町の通りを歩いている。そして未来を思い、自分が世界においてどのような存在になるのかを考えている。野心と後悔が自分の中で目覚める。突如として何かが起こる。木の下で立ち止まり、名を呼ばれるのを待つように何かを待ち受ける。過去の物事の幽霊が意識に入り込んでくる。自分自身の外から囁き声が聞こえてきて、人生には限界があると告げる。自分自身と未来にとても自信があったのに、まったく自信がなくなる。(「見識」p.315)
見識を備えてしまった悲しみを少年は味わう。ハッと小さく息を呑んで、彼は自分自身が村の通りに落ちた一枚の葉にすぎないのだと気づく。風によって簡単に吹き飛ばされる葉だ。まわりの連中は強がりを言っているが、自分は確信を持てぬままに生き、死ななければならないのだと知っている。風に吹き飛ばされるものとして、陽にあたってしなびていくトウモロコシのような運命の存在として。彼は身震いし、あたりを物欲しげに見回す。これまで生きてきた十八年が一瞬のように感じられる。人類の長い行進における、ほんの一呼吸の間にすぎない。すでに彼は死の呼び声を聞く。ほかの人と親密になりたいと心の底から願う。誰かに手で触れ、誰かの手で触れられたい。そのだれかが女性であってほしいとすれば、それは女性のほうが穏やかで、理解してくれると信じているからだ。彼は何よりも理解を求めている。(「見識」p.315-316)