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『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』/スティーヴン・ウィット

従来の音楽ビジネスが崩壊していく季節の様子を、①mp3の産みの親であるドイツ人技術者、②音楽業界のトップエグゼクティブ、③ユニバーサル・ミュージックのプレス工場からCDを盗み出しては違法海賊サイトに音源をアップしまくった若者、という三者の物語を通して描いたノンフィクション。出版当時かなり評判になっていたのも納得の、リーダビリティとおもしろさを持ち合わせた一冊だった。

「音楽をタダにした」大元の原因とも言えそうな音源圧縮技術だけれど、mp3は開発当初、業界団体の政治的な理由によって、企業での採用を逃してしまっていたのだという。だが、それが逆に功を奏して、フリーで使える優秀な技術としてインターネットを通じて世のなかに浸透していき、結果的に世界標準になってしまうことになる。本書ではこのあたりの経緯が詳細に描かれていて、なかなかわくわくさせられる。ちょっと教訓話のようでもある。

また、mp3の拡散に大きな役割を担っていた、音楽の違法アップロード組織の活動理由は、とくに金銭を目的としたものではなかった、という話も興味深い。違法アップロードを繰り返す若者たちは、あくまでも、自分なりの使命感だとか、自分の属するグループ内で認められたい、といった他人からの承認・賞賛を目的としていた、というのだ。(この感覚はちょっとわかるような気もする。なんというか、当時のインターネットというのは、世界と繋がっている、とか、世界に発信できる、ということに関して、ものすごく高揚感を感じられるものだったようにおもう。だから、「自分こそが、この音源を世界で最初にネットに流出させるんだ!」って盛り上がってしまうというのも、むべなるかな、という気がするのだ。)音楽CDという巨大産業をぶっ潰したのは、何者かの巨大な意思でも政治でもビジネスでもなく、シンプルな自己顕示欲をもとにした、ちょっとした行動の積み重なりによるものだったというわけだ。

時代遅れのテクノロジーに愛着を持つグローバーの気持ちが、僕にはわかる。僕も自分の音楽コレクションを手放せないままでいたからだ。これまでに持っていたすべてのコンピュータのすべてのハードドライブを、僕は手元に置いていた。1997年からため込んだドライブは、全部で7台あった。世代が変わるごとに容量は倍になっていた。いちばん最初のハードドライブは容量が2ギガバイトで、僕が初めてダウンロードした数曲が入っていた。7台のドライブをすべて合わせると、10万曲を超えるmp3ファイルが入っていた。
このファイルを集めるのに17年かかったけれど、クラウドコンピューティングの出現で意味がなくなった。全部ため込んでおきたいとも想わなくなったし、ライブラリーの管理が年々面倒になってきて、古いドライブは今のシステムでは動かなかった。とうとう諦めた僕はスポティファイに会員登録し、現実を受け入れた。僕がアーカイブだと思っていたものは、磁気の切れかけたゴミの塊だ。(p.341)

このあたりの文章に共感してしまうような、あるとき突然、「音楽がタダになった」世代の人なら、本書に出てくるトピックの多くに興味を持って読み進められるとおもう。ちなみに、本作の原題は、"How Music Got Free"。"Free"は、「タダ」と「自由」のダブルミーニングということだろう。