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『パリのすてきなおじさん』/金井真紀、広岡裕児

作家/イラストレーターの著者が、パリの道ばたで出会ったすてきなおじさんを集めた一冊。おじさんのキュートなイラストと、おじさん自身の語りを中心とした軽めのエッセイが掲載されている。おしゃれなおじさん、アートなおじさん、おいしいおじさん、移民のおじさん、難民のおじさん、戦争世代のおじさんなど、さまざまな独自の軸とスタイルを持ち、独自の生き方をしているおじさんたちが登場するのだけれど、彼らのバリエーションの豊かさは、そのままパリという街の多様性を映し出しているかのようだ。

ほとんどのおじさんについては、さらっと短時間のインタビューをしているだけなので、そこまで深い話は出てこない。ただ、さすがは芸術の都パリ、芸術家や職人のおじさんの話は興味深かった。なかでも強く印象に残ったのは、モンマルトルに暮らす82歳の画家――かつてはラクリエール工房で働いており、ミロ、スーラ、ブラック、藤田嗣治、ダリらとも関わりがあったという――の話。商人の思惑に左右されることなく自由に絵を描きたいとかんがえるようになり、いまは画商を通さずに自分のアトリエで絵を販売しているのだという彼は、こんな風に語っている。

芸術は経済に蹂躙されてしまいました。百万ユーロで売れれば傑作だということになる。こんなことをはじめたのはピカソなんです。ピカソとはラクリエール工房で一緒でした。出世欲の強い、まったく嫌なやつでした。だから成功したんでしょう。(p.66)

ピカソは、自身の名の売り方やその換金方法についても熟知していたことで有名ではあるけれど、この画家のおじさんにとっては、そんなのは経済に魂を売ったやつのやり方だということになるのだろう。絵の世界では、「絵の価格=画家の格付け」ということになるが、そんなばかばかしいシステムに組み込まれるのはごめんだね、というわけだ。

最近ぼくが絵のテーマにしているのは「ラ・ヴィ(人生、生命)」です。人生の神秘を描きたい。どうしてわたしたちはここにいるのか?なぜ人は生きるのか?哲学的な問いです。それを絵で表現したい。
ルイ・アラゴンの詩に「人生を学んでいるあいだに手遅れになる」という美しいフレーズがあります。ぼくはときどきそのことを考える。アラゴンとは親交がありました。ぼくよりずいぶん年上でしたが、とても落ち着いた人でした。肖像画を二回描かせてもらいました。
人生を学んでいるあいだに手遅れになる。だから大事なことは後回しにしてはいけない。人生とはそういうものなんだと思います。(p.67)

どうしてここにいるのか、どうして人は生きるのか。そんなことを本気でかんがえている人が、資本主義経済のシステムの基準に同意し、そのなかで働き続けるというのは難しいことだろう。だからこそ、このおじさんはシステム内での「成功」とは違うところに大切なものを見出し、自分の人生のために独自の選択をしているのだ。学んでいるあいだに手遅れになる、そういったものが人生であるからこそ、何が自分にとって大事なことであるのかについては見誤らないようにしなくては、と改めておもわされたのだった。