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『スタイルズ荘の怪事件』/アガサ・クリスティ

アガサ・クリスティの長編第1作。戦傷を負って帰国したヘイスティングズは、友人の暮らすエセックス州の田舎屋敷、スタイルズ荘に滞在することになったが、到着して早々、事件に巻き込まれてしまう。屋敷の女主人、エミリー・イングルソープが毒殺されたのだ。ヘイスティングズは、イギリスへ亡命してきていたベルギー人の旧友、元刑事のエルキュール・ポアロに事件の調査を依頼してみることにするが…!

いわゆる本格ミステリの雛形になったとされる本作だが、余分な要素のない、まさオーソドックスなミステリ小説だと言っていいだろう。緻密に配置された伏線や犯人の隠し方、ちょっとした描写に込められたヒント、小出しにされる小さな謎が、あそこが怪しい、いや、じつはこっちが犯人では?と読者のミスリードを誘発しまくり、ミステリ小説ならではの楽しさを提供してくれる。ヘイスティングスののんびりとした一人称の語りとポワロのキュートなキャラクターのおかげで、全体にゆったりとして穏やかな印象があり、決してハラハラするようなところはないけれど、とにかくシンプルに謎解きだけが物語を牽引していく感覚が心地よい。

まあ正直、種明かしに関してはあまりスマートとは言えないかもしれない。犯人以外の人々の思惑が複雑に絡まり合うことで事態がややこしくなっているタイプの作品なのだけれど、いやいやそれはわかんないでしょ!って気持ちにされられるところもあって、解決編がものすごく爽快かというと、そこまでではない印象だ。とはいえ、筋道の通しかたや、「鎖の最後の環」に関する納得感という部分はしっかりと抑えられており、これが処女作とは、さすがミステリの女王、と感じさせられた一作だった。

「いやいや。お聞きなさい(ヴワヨン)。ある事実が次につながる――また次にいく。今度はうまくつながるかな?ぴったりだ(メルヴェイユ)、どんぴしゃり。これで次にいける。今度は――だめだ。どこかぴんとこない。なにかたりない――鎖の環がひとつなりないんだ。そこで調べる。探してみる。そして、そのぴんとこない事実を、ちょっとしたら関係のない些細なことかもしれないが、そこに当てはめてみる」彼はおおげさなしぐさで手を動かした。「ちゃんと意味があったじゃないか。こりゃ、すごい!」
「はあ……」
「いいですか」ポアロが目の前で人差し指を振り立てたので、わたしはたじたじとした。
「ご用心を!こういう探偵はあぶないんです。"たいしたことじゃない――どうだっていい。つじつまが合わない。忘れてしまおう"。そんな考え方をしていたら、なにも見えない。どうだっていいことなど、なにひとつないんです」(p.66)