Show Your Hand!!

本、映画、音楽の感想/レビューなど。

『本を愛しなさい』/長田弘

長田が愛する本たちとその書き手たちに関する、小伝というか掌編というか、ちょっとした文章たちを集めた一冊。本書を読んだだけでは、扱われている作品や著者について具体的なことはほとんどわからないだろうけれど、それらの本を読んだことのある人であれば、いくつもうなずける箇所があるはず…という感じの、ややハイコンテクストな作品になっている。

たとえば、『ワインズバーグ、オハイオ』のシャーウッド・アンダーソンについて書かれた箇所。

マリオンは典型的な古い北アメリカの町だった。ある日一人の男が、町をでてゆく。もどってくる。赤ん坊が生まれる。誰かが死ぬ。何も変わらない日々だけがのこる。だが、ありふれて見える町の日々の一つ一つには、人がそこで生きている無言の物語が籠められている。
語られていることのないそれらの物語を語ることができなくてはならない。平凡な日常を生きている人びとの日々の色、匂い、感覚をとらえるのだ。それがじぶんの仕事だ。そうアンダスンは考えていた。(p.33)
アンダスンはあたたかな褐色の目をしていた。アンダスンに会った人は、誰もがたちまちアンダスンに好意をおぼえたらしい。話上手で、話のなかに「とても」とか「まったく」といった言葉を好んで多用した。よそよそしい言葉より、親身な嘘を愛した。
いい嘘というのは、よりおおく真実を語るんだ。アンダスンは言った。知らない人に職業をたずねられると、絨毯の行商人だよ、と澄ましてこたえた。撞球屋をやっているんだよ、とも言った。作家だと、アンダスンはみずから名のったことがなかった。(p.34)

過去の作家たちについて語る文章ということもあってか、全体的にウェットな印象が強めではあるけれど、長田の文章は静謐で暖かく、キュートなカラーの挿絵も相まって、なかなか美しい一冊に仕上がっている。