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本、映画、音楽の感想/レビューなど。

本-文学

『ユービック』/フィリップ・K・ディック

他の多くのディックの作品と同様、『ユービック』においても、世界のありようへの違和感、自分の周囲の世界がどんどん足元から崩れていくような、悪夢のような感覚が全体のムードを決定づけている。ただ、本作では、それに加えて、絶えず迫り来る死の匂い、…

『高い城の男』/フィリップ・K・ディック

本作は群像劇のような体裁をとっており、アメリカ人、日本人、ドイツ人のさまざまな立場の人物たちが代わる代わる登場する。人種も身分もばらばらな彼らが、この世界に対する己の所見を語ることで、枢軸国側の勝利の結果、世の中がどのように変化したのかが…

「キリストのヨルカに召された少年」/フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー

12月になってからというもの、仕事がすっかりスーパーハードモードに入ってしまい、土日も含めてまじでほとんど仕事しかしていない生活である。まったく、なんかたのしいこととかないのかねー!とかおもいつつ、たまの気晴らしに電車のなかで青空文庫の短編…

「憤死」/綿矢りさ

ちょっとまえの『文藝』にて。綿矢の作品のタイトルはなかなか印象的なものがおおいのだけど、今回も、おーそうきたか…っておもわせるようなインパクトのあるタイトルだ。"憤死"するのは、物語の語り手である主人公(♀)の女ともだち、佳穂。彼女は、彼氏に…

『ルル・オン・ザ・ブリッジ』/ポール・オースター

映画『ルル・オン・ザ・ブリッジ』の脚本をひさびさに読む。オースター作品のなかでもとりわけファンタジーめいた本作(なにしろ、夢オチなのだ)だけれど、扱われているテーマはヘヴィで、胸にずっしりとくる。個人的には、すごくすきな作品だ。サックス奏…

『甲賀忍法帖』/山田風太郎

山田風太郎ってはじめて読んだのだけど、これって忍者版のジョジョだったんだなー、とおもった。たとえば、こんなところがとてもよく似ている。 >> ・いろいろな人知を超えた能力(忍法)を持った忍者たちが、ふたつの陣営に分かれて争う。 ・登場人物は大勢…

『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』/ジュノ・ディアス

ちょっと前に話題になっていた一冊。ざっくりとした内容としては、RPGや『ウォッチメン』、『AKIRA』を愛してやまないナードな青年、オスカーを主軸として、ドミニカ共和国におけるトルヒーヨ独裁の歴史を交えながらその家族の物語が語られていく、という感…

『応答せよ巨大ロボット、ジェノバ』/杉作J太郎

坪内祐三の推薦文が書かれた帯(↑)が衝撃的な本作だけど、これはなんていうかもう、ほんとにかなりしょうもない小説!なにしろ、J太郎氏本人がモデルとおぼしき40がらみのおっさん(元・プロレス実況解説者)が、宇宙人の侵略から地球を守るための地下組織…

『モデル・ビヘイヴィア』/ジェイ・マキナニー

ジェイ・マキナニーの98年作。登場人物たちの会話やら品評やらのシニカルさと、その裏に潜んだナイーブさとが売りのマキナニーだけど、本作でもそれは変わらない。プロット自体は単調で、どちらかと言えば退屈なくらいなのに、なんとなくずんずん読めていっ…

『ハローサマー、グッドバイ』/マイクル・コーニイ

こういうタイトルの作品は、いまの季節にこそ読まなくっちゃね!とおもって買ってきた。少年と少女のさわやかな恋愛の模様を描きつつも、周りの世界――太陽の光を受けてきらきらと輝く、海辺の町――があれよあれよという間に姿を変え、最終局面を迎えていって…

『愛のゆくえ』/リチャード・ブローティガン

ちょっと変わった「図書館」に住み込みで働いている「私」を主人公にした、ブローティガンにしてはわりと長めの小説。全体に穏やかで、ゆったりとした時間の流れを感じさせる作品だけど、とくに物語前半の、「図書館」の描写が印象的だった。まるで世界の果…

「秋」/芥川龍之介

姉妹と従兄の三角関係を描いた短編。小説家になりたかった主人公の信子と、同じように文学を志す従兄の俊吉は互いに惹かれ合っていたはずだったが、どうやら妹の照子も俊吉のことが好きらしい、ってわかった途端に信子はあっさりと身を引いて他の男と結婚し…

「ねむい」/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

恐るべき短編。子供について描かれたチェーホフの作品のなかでは、おそらく最も衝撃的な物語だと言えるだろう。13歳の少女ワーリカは、住み込み奉公先の家で、掃除、洗濯、料理に子守と、ありとあらゆる家事をひとりでこなさなくてはならない。日中の仕事だ…

「富籤」/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

宝くじの当選結果が載った新聞を前にして、もし当たっちゃったらどうしよう…とお互いに妄想を繰り広げる夫婦の話。ワンシチュエーションで、登場人物がいろいろと好き勝手にかんがえる、って描写で作品が成立しているところは、「かき」にも似ている(「かき…

「クリスマスの思い出」/トルーマン・カポーティ

きのう、ずいぶんひさしぶりにカポーティの「クリスマスの思い出」を読んだのだけど、うわっ、これ、こんなにぐっとくる物語だったっけ!?と驚いた。この作品を俺は少なくとも3回は読んでいるのだけど――1回目は中学か高校の頃、2回目はこの本(村上春樹訳の…

「ワーニカ」/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

クリスマスの前夜、9歳の少年ワーニカは、奉公先での生活の辛さに耐えかねて、故郷のおじいちゃんに宛てて手紙を書くことにする。なつかしい故郷でのクリスマスにおもいを馳せつつ、眠気と戦いながら手紙を書き終えたワーニカは、宛名に「村のおじいちゃん、…

『初夜』/イアン・マキューアン

タイトルの通り、とあるカップルの初夜を描いた中編。近年のマキューアン作品の特徴といえば、流れるような文体にきめ細やかな心理描写、かっちり構築されたプロット、いかにもイギリス人って感じのアイロニーなんかが挙げられるとおもうけれど、本作でもそ…

『だれも知らない小さな国』/佐藤さとる

ふらっと立ち寄った本屋の文庫平積みコーナーにコロボックルが置いてあっておどろいた。多くの小学生たちと同様、俺も青い鳥文庫でコロボックルシリーズを読んでいたわけだけど、ついに講談社文庫に入るとはね!とおもい、なんとなく手にとって帯を見てみる…

『空飛ぶ馬』/北村薫

北村薫のデビュー作。たしか高校生の頃に一度手にとったことがあって、そのときはこの女子大生の一人称文体が"作り過ぎ、狙い過ぎ"なようにおもえてしまった――こんな"文学少女"然とした子、どこにいるんだよ!?って――のだけれど、今回はわりと素直な気持ち…

『オラクル・ナイト』/ポール・オースター

出ればどうしたって買ってしまう、オースターの新刊。新刊と言ってもじつは2003年作で、翻訳が出るまでに意外と時間がかかってるんだなーと改めておもった。長い病からようやく回復した主人公は、何気なく入った文房具屋で青い表紙のノートを買う。彼はその…

「小波瀾」/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

チェーホフには、子供を描いた作品に素晴らしいものがたくさんあるけれど、今作もなかなかいい。小さな男の子アリョーシャは、家にやってきた母親の浮気相手の男に、「ぼく、じつはこっそりパパと会ってるんです。でもでも、このことはママには内緒にしてお…

『音楽』/三島由紀夫

ある日、精神分析医の汐見のもとを訪れた美しい患者、麗子。彼女は「音楽が聞こえない」と言うのだが…! 昼メロ風のプロットを用いて、性の深遠さ、神聖さに近づこう、という感じの、バタイユ臭がぷんぷんする一作。「わたくし、音楽が聞こえませんの」に始…

「かき」/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

「ぼく」は父親とともに、物乞いをするために街角に立っている。ああ、お腹が空き過ぎてもう倒れそう…ってときに、ふと「かき」という文字が目に入る。「かき」っていったいどんな食べものなの!?「ぼく」は食欲に刺激された想像力を駆使して「かき」をおも…

「嫁入り支度」/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

どうやら没落貴族であるらしい、とある母娘のもとを訪れた「わたし」。時が止まったかのような小さく暗い家のなか、彼女たちは"嫁入り支度"と称して、ひたすらドレスを縫ったり刺繍をしたりして過ごしていた…! ちょっとユーモラスな語り口で、ことの顛末が…

『ロング・グッドバイ』/レイモンド・チャンドラー

じつはレイモンド・チャンドラーって初めて読んだのだけど、名作の誉れ高い小説だけあってかなりたのしめた。村上春樹も「訳者あとがき」で、本作の素晴らしさをものすごく熱く語っていて、それもなかなかおもしろい(っていうか、「訳者あとがき」だけで40…

『ビッチマグネット』/舞城王太郎

思うに、この世のある部分の人たちは、誰かの本当の気持ちをそのまま話されることに耐えられないのだ。自分たちの本当の気持ちも言葉にすることができないし、そうしようとも思わないものなのだ。 ひょっとしたらそういう人の一部が物語を創るんだろう。そう…

『隣の家の少女』/ジャック・ケッチャム

最近映画化されたこともあって、何かと話題の『隣の家の少女』。まあ正直言って、おもしろい小説、たのしい読書というわけにはいかなかったけれど、一息で読ませてしまうような牽引力を持った作品だった。

『宇宙舟歌』/R・A・ラファティ

ホメロスの『オデュッセイア』を下敷きにした、奇想天外でクレイジー、危機また危機って物語のくせにとにかくドキドキさせられることのない、脱力SF。なのだけど、それでいて延々と読んでしまうようなおもしろさもちゃんとあって、頭のよさとセンスのよさを…

『灯台守の話』/ジャネット・ウィンターソン

これはすごくよかったなー。全編に漂う、凍える夜や小さな光、静かな海のイメージが印象に残る、素敵な小説だった。舞台はスコットランド北西部。寒々しく、何もないような荒涼とした土地で、母を亡くした少女シルバーは盲目の灯台守の老人、ピューに引き取…

『水と水とが出会うところ』/レイモンド・カーヴァー

もう何もかんがえたくない、何もしたくない。だってもう眼はしばしばするし、首はぐきぐき、頭の奥のほうなんかじわじわと痺れてきてる、って状態でオフィスを出るこんな夜は、どうしても肉が食べたくなってしまう。中央線を降り、駅前の商店街を歩いてねぎ…