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「かき」/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ

「ぼく」は父親とともに、物乞いをするために街角に立っている。ああ、お腹が空き過ぎてもう倒れそう…ってときに、ふと「かき」という文字が目に入る。「かき」っていったいどんな食べものなの!?「ぼく」は食欲に刺激された想像力を駆使して「かき」をおもい浮かべるのだったが…!

ってあらすじの、チェーホフ流のユーモアが炸裂した快作。たった9ページの短編だけど、9ページが9ページともおもしろい。

「かき」を想像する「ぼく」。

「とうちゃん、かきってなあに?」と、ぼくはくりかえす。
「そういう生きものだよ。……海にいるな……」
ぼくは、とたんに、この見たことのない海の生きものを、心の中でえがいてみる。それは、きっと、さかなとえびのあいのこにちがいない。そして、海の生きものというからには、それを使って、かおりの高いこしょうや月桂樹の葉を入れた、とてもおいしい熱いスープだの、軟骨を入れたややすっぱい肉のスープだの、えびソースだの、わさびをそえたひやし料理などをこしらえるにちがいない。……ぼくは、この生きものを市場から運んできて、大いそぎできれいに洗い、大いそぎでおなべの中に入れる光景を、ありありと思い浮かべる。……大いそぎで、大いそぎで……みんな、早く食べたがっているのだから。……とっても食べたがっているのだから!料理場から、焼きざかなや、えびスープのにおいが、ぷんとにおってくる。(p.22,23)

うーん、素晴らしい。俺なんかはもう、読んでいるだけでちょっと幸せな気分になってしまう。まず、ひらがなをいっぱいに使った訳が素敵だし、"さかなとえびのあいのこ"、"とてもおいしい熱いスープ"、"わさびをそえたひやし料理"なんて字面は、ああもう、そんなのぜったいおいしいに決まってるじゃんね!って感じだ。そうして極めつけは、「……大いそぎで、大いそぎで……みんな、早く食べたがっているのだから。……とっても食べたがっているのだから!」このテンション!

そんな奔放な「ぼく」の想像力だから、悪いほうに振れていく勢いだってすさまじい。

「とうちゃん、かきって精進料理なの、それとも、なまぐさ料理なの?」と、ぼくはたずねる。
「生きたまま食べるのさ。……。」と、父が言う。「かめのように、かたいからをかぶっているんだよ。もっとも……二枚のからだがね。」
おいしいにおいは、とたんに、ぼくのからだをくすぐるのをやめ、まぼろしは消えうせる。……なんだ、そうなのか!
「おお、いやだ!」と、ぼくはつぶやく。「おお、いやだ!」(p.24)

…2回繰り返すんじゃねえ!って、ついつい言いたくなってしまう。"なまぐさ料理"って言葉もすごいけど、この「おお、いやだ!」は本当にすごい。俺は何回読んでも吹き出してしまう。

カシタンカ・ねむい 他七篇 (岩波文庫)

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