画面に映し出される食材、料理たちは、ピエール・ガニェール完全監修ということもあってか、いずれもきわめて繊細、かつ生命力豊かに輝いており、なんとも美味しそうである。また、本作ではいっさい劇伴が使われていないので、料理を作る長回しのシーンでは、食材を切ったり焼いたり盛り付けたりする際の音、衣連れや靴の音、あとは虫の音や鳥のさえずりだけが聞こえるようになっているのだが、これがまた、料理をぐっと引き立てている。音楽がないことでストーリー性が弱まり、その分、観客は料理の風景そのものに集中させられるのだ。自分が見た回はランチ前の上映だったこともあってか、客席のあちこちからお腹の鳴る音が聞こえてきていた。
料理を題材にした映画というのは多々あるけれど、本作で扱われているのは、美食、ガストロミーというかなり芸術寄りの内容である。そのため、料理対決とか料理修行とか料理を通じた登場人物の成長といったものが描かれることはない。あくまでも、美食の探求に魅せられたふたりの男女の生き様、をシンプルに描いた物語になっているのだ。彼らのあいだにはいわゆる男女の愛情もあるけれど、それ以上に大きいのは、美食家と料理人としての互いの情熱や能力へのリスペクトだと言っていい。彼らは、美食という営みを通して愛し合っているのだ。
静謐な物語が2時間あまり描かれた後、エンドロールに至って、初めて音楽――ピアノソロによる”タイスの瞑想曲”――が流れ出す。タイスといえば、瞑想のなかで地上的な人間の愛を離れ、信仰に目覚める人物だけれど、本作の主人公ふたりも、美食という芸術――それはある種の信仰のようなものだ――の内に見出された官能によってこそ、固く結びついていたのだろう…としみじみ感じられるような、美しいエンディングになっている。