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『だれも知らない小さな国』/佐藤さとる

ふらっと立ち寄った本屋の文庫平積みコーナーにコロボックルが置いてあっておどろいた。多くの小学生たちと同様、俺も青い鳥文庫でコロボックルシリーズを読んでいたわけだけど、ついに講談社文庫に入るとはね!とおもい、なんとなく手にとって帯を見てみると、イラストを描いている村上勉氏のこんなコメントが。

これが、僕がコロボックルを描く最後になるかもしれない。

…ぐっ、やばい…なんだよこの反則すれすれのコメント。こんな風に言われちゃったら、もう買うしかないじゃんなー!ってわけで、完全に帯につられて買っちゃったわけだけど、優れた児童文学とはおしなべて大人が読んでもおもしろい作品であるわけで、やっぱりコロボックルはいいね!って再確認することができた。いいものは何歳になって読んでもいいんだよなー。

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コロボックル・シリーズ第一作目の本書は、「せいたかさん」による一人称小説になっている。物語の舞台は、彼が子供の頃に見つけた、山奥の小さな密やかな場所。主要な登場人物は、彼「せいたかさん」とコロボックルたち、そしてもうひとりのコロボックルの理解者である「おちび先生」といったところだろう。

舞台も登場人物も極めてコンパクトに収められたこの物語には、きっと誰もが子供の頃に感じたであろう、自然の美しさや発見のよろこび、ささやかな幸福感といったものがていねいに封じ込められている。決して取り戻すことのできない、"たしかによかったあの頃"への憧憬を感じないではいられないわけで、そんなところが、オトナが感動してしまうポイントになっているようにおもう。

ストーリー展開は穏やかで、激しい事件やあっと驚くような展開なんかは起こらない。ただ、長い時間をかけて、少しずつ「せいたかさん」とコロボックルとが心を通わせるようになる過程が描かれていくだけだ。地味といえばまあ地味なのだけど、この穏やかさ、緩やかさ、心のなかを温かい風が吹き抜けていくような繊細な感覚こそが本作の美点だと言えるだろう。

もともとぼくは、雨の小山もすきだった。明るい光りに照らされた、かがやくような小山もいいが、しっとりとぬれた小山も、なんとなく心が静まるような気がするのだ。とくに春の雨は、子どものころの思い出にも、つながっていた。
――今夜は、ゆっくり、コロボックルたちと物語でもしよう――。
ぼくは、いつもより早めに会社をひきあげて、小山に向かいながらそう思った。ふと気がついて、近くにいるにちがいないコロボックルをよぶと、気むずかしやが、頭の上のかさのほねにこしかけていた。ぼくは安心してまた歩きだした。(p.178)

そしてもちろん、村上勉の挿絵も素晴らしい。コロボックルといえば、ちょっと癖のあるこの絵がすぐにおもい浮かぶけれど、彼の絵には、なんとも言えないようなノスタルジアの感覚がめいっぱい詰め込まれている。小山、草原、小さな泉、手作りの小屋、そしてコロボックル。すべてが手の届く範囲にあるような、温かで安らかな世界が描き出されている。