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『ルル・オン・ザ・ブリッジ』/ポール・オースター

ルル・オン・ザ・ブリッジ (新潮文庫)

ルル・オン・ザ・ブリッジ (新潮文庫)

映画『ルル・オン・ザ・ブリッジ』の脚本をひさびさに読む。オースター作品のなかでもとりわけファンタジーめいた本作(なにしろ、夢オチなのだ)だけれど、扱われているテーマはヘヴィで、胸にずっしりとくる。個人的には、すごくすきな作品だ。サックス奏者のイジーは、ある晩、クラブでの演奏中に発砲事件に巻きこまれ、二度と演奏のできない身体になってしまう。生きる希望をなかば失った彼だが、ふとしたきっかけから暗闇のなかで青く光るふしぎな石を手にいれ、また、女優志望の若い女性、シリアと出会うことになる。青い石はふたりを結びつけ、ふたりはすぐに愛し合うようになるのだが…!

イジーの経験することは、結局のところ、ただの妄想、死の間際に見た夢でしかないようだ。現実には青い石なんてないし、シリアとイジーが恋することも、イジーがシリアを守ろうと自らの命を懸けることもない。しかし、じゃあその夢/妄想にはまったく意味がなかったのか、まるっきりのゼロだったのかと問われたとき、この物語を読んだ人ならば、決して否とはいえないだろう。つまり、夢、じっさいには起こらなかったことであっても、一度それを経験している以上、それはその本人にとってはまぎれもない真実になり得るのだ。

物語序盤に、こんな台詞のやりとりがある。

ドクター・フィッシャー「あなたは生きているんです。それだけは忘れないでください。生きていて、ここを退院するころには、体調だってある程度は回復します、それが一番大事なことなんです。次にやることが見つかるまではしばらく時間がかかるかもしれませんが、生きてるからこそやり直せるんです。それに、人生って、美しいものなんですよ、マウアーさん。」
イジー「いやあ、違うね。人生は人生さ。自分が美しくしたときだけ、人生は美しい。俺も人生を美しくした、と言いたいが、それはできん。俺がやった、たったひとつの美しいことは楽器を吹くことだった。それができないなら、死んだも同然さ。言ってることわかるかい?」(p.22,23)

このやりとりに基づいていうなら、「イジーは死をまえにして、幻想のなかでシリアと出会い、彼女を愛することで、人生をやり直し、己の人生を美しくすることに成功した」ということになるだろう。それがたとえ夢、あるいは妄想や幻想であったとしても、人がそのように信じる限り、その物語は意味を持ち、力を持つ。たとえ、ちょっと乱暴に触れればかんたんに壊れてしまうような脆いものであったとしても、それはその人にとっては何物にも代えがたい、「一番大事なこと」であり得る、ってわけだ。こういうモチーフは、『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』でも主題として扱われていたけれど、俺はこういうのによわいんだよなー。すぐにぐっときてしまう。