物語の語り手は、女子大生の「わたし」で、探偵役は噺家の春桜亭円紫師匠。物語は、「わたし」の日常生活のなかで起こったちょっとした事件を円紫師匠が解き明かしていく、って形式だ。事件といっても、基調にあるのはあくまでもふつうな19歳の「わたし」の日々のいろいろであるわけで、小さな疑問や思い違い、ささいなハプニングといったものが主なトピックとして取り扱われている。謎解き自体はなかなか強引な感じのものも多いけれど、これはトリックで読者を引っ張っていく作品ではないわけで、まあこれはこれでいい、とおもわされてしまうようなところがある。なにしろ、殺人も密室も、警察も出てこなければ、はっきりとした悪人だってひとりも出てこないミステリなのだ。
性別不明の覆面作家として本作を発表しているだけのことはあって、北村の文章はとてもみずみずしく、清潔で透明。とにかくやたらとさわやかなのだ。女子大生らしいリアリティがあるかと言われれば正直微妙な気がするけれど、この透明感、19歳の「わたし」らしい、ポジティブで温かい人間へのまなざしこそが作品の肝になっているのは間違いない。本作を特徴づけるキーワードは、"「わたし」の日常"と、"人間を肯定する温かいまなざし"といったところになるだろう。
そういえば、昔読んだときには、この"さわやかさ+ヒューマニズム"ってコンボがどうにも生ぬるくおもえてしまって、気に食わなかったのだった。いつの間にかこういう感覚を素直に受け入れられるようになっている自分に少し驚いて、あたりまえだけど、人って変わっていくのなー、なんておもったりもした読書だった。