- 作者: フィリップ・K・ディック,土井宏明(ポジトロン),浅倉久志
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1984/07/31
- メディア: 文庫
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本作は群像劇のような体裁をとっており、アメリカ人、日本人、ドイツ人のさまざまな立場の人物たちが代わる代わる登場する。人種も身分もばらばらな彼らが、この世界に対する己の所見を語ることで、枢軸国側の勝利の結果、世の中がどのように変化したのかが少しずつ明らかになってくる…という構成がおもしろい。敗戦国アメリカでは易占がやたらと流行っているみたいだし、日本人はすっかり失われてしまった戦前のアメリカ文化に強い憧憬を抱いているようだ。そしてドイツは、テレビの普及よりも早く火星を植民地化しようと躍起になっているらしい。
なかでも、日本人に対して劣等感を覚えるアメリカ人、って描写が印象深い。日本-アメリカの関係は現実の裏返しになっているわけだけど、これはなかなか強烈だ。
ロバート・チルダンはぱっと顔が赤らむのを感じ、新しく注がれたばかりのグラスの上に背をかがめて、この家のあるじから顔を隠した。最初からなんというひどい失態を演じたもんだろう。大声で政治を論じるという、ばかなまねをやらかしてしまった。しかも、無礼にも異論を唱えたりして。招待者側がうまくとりなしてくれたおかげで、やっとこの場が救われたようなもんだ。わたしはまだ修行がたりない、とチルダンは思った。彼らはとても上品で礼儀正しい。それにひきかえ、わたしは――白い野蛮人だ。まちがいなく。(p.162,163)
事実に直面しろ。わたしはこの日本人たちと自分とがおなじ人間のように思いこもうとしている。だが、よく見るがいい――日本が戦争に勝ち、アメリカが負けたことに対する感謝の念をおれが口走ったときでさえ――それでもまだ共通の地盤はない。言葉の上の意味と、こうやってげんに対面した感じとは、はっきり別物だ。彼らは脳からしてちがう。魂だってちがう。よく見るがいい。(p.169)
まあ、こういうねちねちした心理描写が本作の読みどころだと言えるだろう。PKD作品ではおなじみの、真贋のモチーフなんかは全編通して繰り返し登場するものの、他の作品で見られるようなSF的なぴかぴかしたガジェットは出てこないし、自分自身やこの世界そのものの実在に対する不安だとか、表と裏とが何度もひっくり返されてくらくらときてしまうような酩酊感、といったものもあまり感じられない。そういう意味では、結構しぶめの、普通小説寄りな作品だとおもった。