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『新書で入門 ジャズの歴史』/相倉久人

ジャズの歴史について、その誕生からモダン・ジャズ神話の崩壊までが、スマートにまとめられた一冊。ブルーズ→スウィング→バップ→ハード・バップ→モード→フリー…みたいなジャンル内の流れだけではなくて、当時の社会におけるジャズの立ち位置や受容のされ方、ジャズの発展の基盤となっている思考についてまで、大づかみな考察が行われている。たとえば、ジャズはもともとアフリカとヨーロッパとの出会いと反発の摩擦熱によって発生した音楽だということ。また、時代の流れのなかで何度も繰り返し発生する、複数の音楽/文化との衝突や葛藤を原動力として、進化し、ハイブリッド化していったのだということ。そして、そうした進歩史観が行き詰まったところで、モダン・ジャズはメインストリームとしての求心力を失い、以降はサブ・ジャンル化、細分化という形で拡散していくことになったということ。などなど。

なかでもおもしろかったのは、<モダン・ジャズ神話=大きな物語>の消滅後にジャズを見舞ったさまざまな事態というやつが、いわゆる<ポストモダン現象>として説明できる、という話。70年以前の<大きな物語>たるモダン・ジャズとの間の断絶を意識せざるを得なくなったジャズ新世代は、サブ・ジャンル、サブ・サブ・ジャンルへと細分化、断片化していき、それぞれに個別の道<小さな物語>を歩き続けることになる。もはや正統継承者のいなくなったモダン・ジャズは、アーカイヴ化していき、サンプリングやリミックスが盛んになった80年台以降は、完全にデータベース化することとなる。過去の作品はみな一様に、そこにアクセスして新たな解釈を加え、分解し、再構成して再利用するための素材となった、というわけだ。

四半世紀におよぶモダン・ジャズの流れを裏でささえていたのは、技法の進歩とともにジャズはつねに成長し発展しつづけるという一種の信仰でした。新しい考え方や手法、初対面の音楽や異文化の注入……といった対立項の増加はジャズの活性化を助けこそすれ、前進の妨げにはならない。そうした進歩主義的な考え方が、モダン・ジャズ神話を育んだのです。(p.161)

メインストリームの消滅(モダン・ジャズ神話の崩壊)はジャズをどう変えたか。
まず、それまでは演奏をとおしてジャズの内部で燃焼処理されてきたさまざまな対立要素の摩擦と葛藤が、あらためて取り組み直さなければならない(再チェックを必要とする)課題として浮かびあがってきました。具体的にいうと、たとえばブラック系のR&Bや白人系のロック、ポップス、世界各地の民族音楽や現代音楽……などとの位置関係をどうとらえ、それらとのあいだにどういう関係を構築しなおすか、といったようなことです。
それはさらに「ジャズがジャズであるとはどういうことなのか」という、ジャズそのものの存立の基盤を問いなおす作業にもつながってきます。モダン・ジャズという<大きな物語>が消滅したため、それまで暗黙の了解としてあったジャズについてのコンセンサスに、ゆらぎが生じたからです。(p.170,171)

こういう、なんとなく把握しているつもりになっていたような基礎知識的な内容について、ていねいかつ簡潔にまとめてくれているところが、とてもよかった。