2026-01-01から1年間の記事一覧
スムーズに読める分析美学の入門書だが、どこかしっくりこない。原題と日本語タイトルのズレから見えてくる、本書が扱う問いと扱わない問いについて考えてみた
人間のあらゆる動機は結局のところ「自己満足」に集約される、というトウェインの主張は身も蓋もないが、何だか納得させられてしまう。人間存在の変容を求めるプラトンのイデア論と比較してみると、トウェインの人間観のドライさが一層浮き彫りになった
エロスとは神ではなく、美を欠いているからこそ美を欲求する存在である。エロス論の核心を追いながら、ディオティマという権威を借りて語るソクラテスの「ずるさ」と、それでも納得させられてしまうプラトンのレトリックの巧みさについて考える
ニューポートでの元恋人シルヴィとの別れ――映画オリジナルのこのシーンに、本作のディラン像が凝縮されている。「帰らないでくれ」と言うだけで、釈明を一切しない男。誰にとっても"a complete unknown"であり続けるその姿を読み解く
原作未読での感想。観客を楽しませる要素が全編に凝らされた、手堅い大作エンタメ映画だった。よくできているし、最後まで退屈しないで見られるのだが、「これを伝えたい」という強い意志のようなものはいまいち感じられない作品でもあった
村上春樹とブコウスキーの影響を多分に感じさせる短編集。だが、なんというか「めっちゃ共感できる、趣味の合う友達」のように思えて、この作家のことは信用していい、と思えてしまうのだ
挫折と諦めの末に5.5畳の組み立て式ハウスにこもり、「ただ静かに暮らすことだけを考える」と言い切った男による随筆。800年前の話だが、長明の悩みは現代人のそれとまるで変わらず、とても他人事には思えない
ファミリー公認の「正史」として作られた本作をどう見るか。主演キングズリー・ベン=アディルの憑依ぶりと、公認された物語にしか持てない強みについて考えた
「役割を演じる人形」から「自ら思考する個人」へ――なぜノーラは静かに確信して家を出ていくのか。彼女の変容を軸に、イプセンが描いた自立の意味を読み解く
パパ活女子がお葬式で修羅場、という軽快なコピーの裏に、これほど濃密な内面描写が詰まっているとは。悲劇と喜劇が同居するこの映画の奇妙なおかしさについて考える
フィクションを通してしか自己を表現できない父と娘。単純な和解でも赦しでもないエンディングの誠実さと、それを支えるポリフォニー的な対話について考えた
植島啓司が100の「名言」を選び、コメントしている一冊。ゲーテから叶恭子までバラエティに富んでいるが、全体に漂うのは軽めの自己啓発書のような食い足りなさである。引用を虎の威としたスタイルへの違和感と、その中で微かに共鳴した言葉について
悪夢的なユーモアと静謐な不穏さを併せ持つ、チャールズ・シミックの散文詩集。ボリス・ヴィアンやジャズ、ヴォルフガング・ティルマンズの表現を手がかりに、その独特な「ホームスパン・シュルレアリスム」を読み解く
東京を舞台に、別れを決めた男女が漂わせるウェットな倦怠感を描いた長編。ミニマルな断章形式で、愛の終わりの宙ぶらりんな時間の感触が浮き彫りにされる。独特の浮遊感とメランコリーに、切実さが加わった一作
本に対する愛情と、本好きならついつい共感してしまうエピソードが詰め込まれた一冊。芦田愛菜は、沢山本を読んでいるから知性的、なのではなく、きちんと自分で問いを抱えて考えようとする人だから知性が感じられるんだ、とすっかり感心させられてしまった
些細な予兆から思考が飛躍し、無根拠な断定へと駆け上がっていく…という脳内のプロセス(=妄想)が丹念に描かれる、独特過ぎる一冊。何も起こらないのに不穏な気配ばかりが横溢し、主人公はひたすら「ためらい」続けるだけ、という小説の魅力を考える
元プロスケーターの写真家が、25年分の人生の断片を放り込んだ写真集。大胆かつ自由に重なり合う約800枚の写真たちが、規格外のワイルドな「私的記録」として迫ってくる
なぜ書くのか?ディラードのエッセイを読むと、書くことと生きることの結びつきについて考えさせられる。「あなたは、あなた自身の驚きに声を与えるために存在する」という一節は、この問いへの明快な答えを示しているように思える
氷に覆われゆく終末世界を舞台に、「少女」への執着に取り憑かれた「私」の語りが展開される。「信頼できない語り手」という言葉では到底足りない、現実と幻想がどろどろに溶け合ったドラッギー過ぎるモノローグを分析する
深緑野分原作のアニメ映画。児童文学的にテンポよく展開する物語は小綺麗にまとまっており、誰でも楽しめるウェルメイドな仕上がり。もっとも、優等生的な雰囲気ゆえの物足りなさもどこかに感じられた