本-読書論・文章論
本に対する愛情と、本好きならついつい共感してしまうエピソードが詰め込まれた一冊。芦田愛菜は、沢山本を読んでいるから知性的、なのではなく、きちんと自分で問いを抱えて考えようとする人だから知性が感じられるんだ、とすっかり感心させられてしまった
なぜ書くのか?ディラードのエッセイを読むと、書くことと生きることの結びつきについて考えさせられる。「あなたは、あなた自身の驚きに声を与えるために存在する」という一節は、この問いへの明快な答えを示しているように思える
「読んだ/読んでいない」という二分法を疑い、批評とは本についてではなく自分自身について語ることだ、と説く一冊。一見挑発的だが、読書や批評の本質を問い直す姿勢は驚くほど誠実
立花隆や福田和也が提唱する、速読・多読といったものに対して、ほとんどの人は(彼らのような職業上の必要性に駆られているのではないのだから)そういった読書法は必要ではないだろう、と主張する一冊。 たとえば立花の言う、「本を沢山読むために何より大…
1000冊読むための方法は語られていないが、読み書きをスポーツと同じ「筋肉労働」と捉えているところが特徴的。一日休めば、力はすぐになまる。読書力を維持し鍛えるためには、日々継続する他に道はない、と説く一冊
訓練を伴わない「自由にのびのび」は個性を伸ばす敵だ、という指摘が印象的な一冊。思い込みを捨て、型を学び、たくさん練習していくなかでこそ、世界が広がり、批評が始まるということを再認識させられる
長田が愛する本たちとその書き手たちに関する、小伝というか掌編というか、ちょっとした文章たちを集めた一冊。本書を読んだだけでは、扱われている作品や著者について具体的なことはほとんどわからないだろうけれど、それらの本を読んだことのある人であれ…
進化生物学研究者の三中が、極私的かつ偏向した読書・執筆メソッドを語る一冊。世間に蔓延る「読者ファースト」を排し、「自分ファースト」を貫く書評の哲学と、その実践方法について
ニューヨークの脚本家とロンドンの古書店員たちによる20年に渡る文通の記録。いまではありえないほどゆったりとしたペースで行われる、本好きならではの辛口だったりユーモラスだったりするコミュニケーションが心地よい
「心置きなく、なんの気兼ねもなく、読書をすることに最適化された場所」を作るというfuzkueの思想には共感しつつ、自分の場合は、読書を特別なものにしたいわけではないかも…とも思わされた
本を読むことは、世界と出会うこと。小林康夫の語りと10冊のセレクトから、10代の頃の感覚――到底掘り尽くせないほど深いものが世のなかにはたくさんあるらしい、というわくわく感――を久々に思い出した
「情報」は受け取るだけでは意味をなさず、能動的に料理し、アウトプットしてはじめて血肉になる、という福田の読書と執筆の姿勢について整理する
本を「読んだだけ」では浅い理解にとどまる。読書で得た観念は、それを表現する「精神的緊張」を伴う「本気の努力」を通して、はじめて深く理解できるのだ。引用をもとに、清水の読書論の核心を整理する
思考のセンスを磨くための「著者との対話」を実践してみせてくれている一冊。越後屋のイノベーションの例など、どんな本でも自身の戦略ストーリーに取り込んで語ってしまう楠木の剛腕が楽しい
派手なタイトルに身構えつつ読んだが、書かれているのは「とにかくアウトプットせよ」という一点のみだった。とくに新しさはないが、サボりがちな自分にはいい刺激になった一冊
立花隆の「私の読書日記」をまとめた一冊。読む価値のある情報だけを効率的に摂取したいという読書観を提示し、小説などタイムコンシューミングな本は排すると主張する。徹底的に情報収集に特化した、彼の読書術とは
本から何かを得ようとか読書は投資だとか、そういうことをまったく考えない古本ふたりによる対談本。ただ古本が好きで好きでしょうがない、という過剰な愛情が全編から溢れており、人生をかけて趣味を楽しむ姿が眩しい一冊
加藤周一による読書術本。50年ほど前に書かれた本だが、古びていないどころか、最近乱立気味のこの手の本のなかでも、これよりまとまっていたり独創的だったりする本はほとんどないだろう、という印象だった。速く/遅く読む方法、本の選び方、本を読まない方…
ノート術の肝は、客観的な事実を記録することではなく、自分の意見や感じ方といった主観を言語化することだ、と齋藤は言う。手を動かして書くことで思考が整理され、頭のよさが鍛えられる。ノート大好きマンとして、齋藤の主張には納得感があった
本を読んで自分の頭で考えられる人間になり、「働きアリ」を脱して人生を愉しみ尽くせ、と説く一冊。口はひたすら悪いが潔い、成毛の物言いは魅力的
読書術本。齋藤孝による読書術本は何冊か読んだことがあるけれど、どれも基本的には同じ内容で、要は、できるやつになるためには読書しろ!ということが書いてある。 単に本を読み終えるというだけなら、頭を使わなくてもできるけれど、それでは本当に読んだ…
ぐずぐず読んでは、結局ほぼ忘れてしまう「遅読家」から抜け出し、「年間300冊の多読生活」を目標にビジネス書や新書を多読せよ、という一冊。読後のアウトプットも最小限に、という主張で割り切りがすごいが、確かにこの程度が実際的だろうという気はする
「読書をやめて、他人の思想が引き上げていったら、いったい何が残るだろう」とショーペンハウアーは言う。だが、読書すらしていなくなっている自分には、もはや何が残っているのか…と考えざるを得ない
ときおり、「読みたい本リスト」というやつを更新したくなる。リストにはとにかく本の名前が大量に並んでいるので、すぐに自分でも内容が把握できなくなる(だから、じっさいのところ、いまいちうまく機能していない…)のだけれど、本読みのモチベーションを…
ネットの絶賛を受けて読んでみたが、語られているのは「文章は読者を行動させるもの」、「リスクを取って断定せよ」、「リズムが何より重要」といった、書く上でのあまりに当然な正論ばかり。著者の熱量は感じられるも、既知の答え合わせに終始した感があった
「時間は人間にとって最大の制約である」という認識から出発し、熟読・速読・超速読の使い分けによって、膨大な情報から価値ある知識を選別する。限られた時間で知の基礎を築くための具体的なメソッドが語られる
・品格のある、まともな文章を書くためには、まずは日常の話し言葉をまともなものにしていかなくてはならない。ふだんから、下品な言葉を使わないよう心がけること。 ・感情語(うれしい、かなしいなど)の利用はできるだけ避けること。その代わりに、具体的…
本書の前半では、上手なエッセイの書き方のアドバイスがまとめられている。林は、エッセイを書く際には、敬体(です・ます調)の文章は素人にはあまりおすすめしない(常体と比べて、無駄が多く、文章にスピード感がなくなる)、体言止めや、中止法(「~して…
本書の売りは、永江自身の文章作成プロセスを例に、「お金を稼げる」文章を書くためのテクニックが細かく解説されているところだろう。書評、お散歩ガイド、グルメガイド、エッセイなどの分野で、掲載誌によって文体や固有名詞を使い分けるようす、いかにも…
齋藤が本書において主張していることはたったのひとつ、とにかく読め!そして読書力をつけろ!ということのみ。はっきり言って、超明快である。ただ、それをもうとにかくあらゆる方向から幾通りものやり方で読者に迫ってくるわけで、その様はほとんど暑苦し…