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『ダブル/ダブル』/マイケル・リチャードソン編

「分身」をテーマにしたアンソロジー。1つの詩と13の短編が収められている。トンマーゾ・ランドルフィの「ゴーゴリの妻」を読みたくて買ってきた一冊だけど、これは当たりだった!佳作揃いというか、ほとんど全作おもしろい。

決して明かされてはならない秘密である「分身」。その存在が明らかにされると消滅してしまうか、むしろ本体の方を抹殺してしまう「分身」。本体からの独立や分離を、あるいは入れ替わりを望む「分身」。本体の陽性/陰性のみを抽出したかのような「分身」。そういった「分身」の登場は、その本体たる人物のアイデンティティに直接的な影響を及ぼし、彼/彼女の存在そのものへ何かしら決定的な影響を与えずにはいられない…というのが、まあオーソドックスな分身譚のイメージ(「ウィリアム・ウィルスン」とか、『ドリアン・グレイの肖像』みたいな)だろうか。「分身」は自意識のよりどころを揺るがせる存在であるのだから、そういった流れになるのは必然的ではあるのだけれど、ただ、本作には、そこから派生して独自の変形を遂げた、ちょっぴり変わり種の分身譚も収められている。

たとえば、バース「陳情書」はシャム双生児の片割れが「どうか兄と自分を切り離して下さい!」と嘆願するブラックコメディだし、オールディス「華麗優美な船」に出てくる「分身」はそもそも人間ではなく、船である。また、ソンタグ「ダミー」の主人公は、自らの「分身」を2つも作成するが、「分身」以上に本人が変わった性格の持ち主であるせいで、分身譚にありがちな悲劇性をいともあっさりと回避してしまう。モラヴィア「二重生活」も、淡々としたスケッチのような作品で、これもやっぱりアイデンティティ・クライシス的な流れとは無縁。コルタサル「あっちの方では――アリーナ・レイエスの日記」(個人的には、これが本作のベスト)は、時空を超えて奇妙に結びついたふたりの女性の物語である。こういった作品には、そっか、こういう「分身」もありなんだ!っていう発見とおもしろさとがあって、とくによかった。

あとは、ランドルフィ「ゴーゴリの妻」のグロテスクでクレイジーな感じもなかなかおもしろかったけれど、これはゴーゴリのファン向けの作品かな、という感じがした。ゴーゴリ自身のわけのわからないエピソードを知っていると、この作品で描かれるゴーゴリ像――まあとにかく変態なのだ――も違和感なくというか、あーなんか、こんな人だったとしてもおかしくないかも…なんておもえてしまうような気がする。

収録作品は、以下の通り。ジャンル的にも地域的にもばらばらなメンバーが並んでいるけれど、だれか一人でも好きな作家がいれば、本作を手に取ってみて後悔することはないんじゃないかとおもう。

「かれとかれ」/ジョージ・D・ペインター
「影」/ハンス・クリスチャン・アンデルセン
「分身」/ルース・レンデル
「ゴーゴリの妻」/トンマーゾ・ランドルフィ
「陳情書」/ジョン・バース
「あんたはあたしじゃない」/ポール・ボウルズ
「被告側の言い分」/グレアム・グリーン
「ダミー」/スーザン・ソンタグ
「華麗優美な船」/ブライアン・W・オールディス
「二重生活」/アルベルト・モラヴィア
「双子」/エリック・マコーマック
「あっちの方では――アリーナ・レイエスの日記」/フリオ・コルタサル
「二人で一人」/アルジャーノン・ブラックウッド
「パウリーナの思い出に」/アドルフォ・ビオイ=カサーレス