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『うたかたの日々』/ボリス・ヴィアン

うたかたの日々 (光文社古典新訳文庫 Aウ 5-1)

うたかたの日々 (光文社古典新訳文庫 Aウ 5-1)

この頃、デューク・エリントンばかり聴いている。ちょっと前まではバップ以前のジャズのよさというのがいまいちわからなかったのだけど、ふとおもいたってちゃんと聴いてみると、ほんとにかっこいい曲だらけだし、演奏もすばらしいしで、聴けば聴くほどエリントン楽団は俺の心のドアをノックしまくり、もう最近の通勤のお供は毎日毎日エリントンばっかりなのだ。で、やっぱりエリントンといえばボリス・ヴィアンだよなーとおもって、長いあいだ本棚に積まれっぱなしになっていた本作を手に取ってみた。

大切なことは二つだけ。どんな流儀であれ、きれいな女の子相手の恋愛。そしてニューオーリンズの音楽、つまりデューク・エリントンの音楽。ほかのものは消えていい。なぜなら醜いから。(p.7)

こんな風に軽々と言ってのけるヴィアンの何よりの魅力は、シャンパンの泡のように軽やかでさわやか、きらきらと透明に輝くその文体だろう。重さや寓意性などといったまどろっこしいものはことごとく退けられ、ひたすらエレガントであること、ナンセンスであることだけに意識が向けられている。その身軽さといったら、いまにもくるくると踊り出しそうなほどだ。そして、そんな文体で描かれた作品を中心で繋ぎ止めているのは、詩的でシュルレアリスティックなイメージの単純な美しさ、ただそれだけだと言ってしまってもいいかもしれない。

本作にしても、そのメインプロットはごくシンプルだ。金持ちで優雅な生活を送っていた青年コランが美しい少女クロエと出会い、恋に落ちる。ふたりは幸せな結婚をするが、やがてクロエは"肺のなかに睡蓮が咲く奇病"にかかってしまう。コランは病の治療のために家財道具を売り払い、惨めな労働を繰り返し、大量の花を購入するも、結局クロエは命を落としてしまう…!

クロエの発病前後で、物語のトーンががらっと変わってしまうところがおもしろい。前半で描かれるのは、完全に快感原則によって支配される世界。コランたちは若くて美しくて幸福、自信に満ち溢れ、どこまでも身勝手で自由で、義務や責任といった大人の価値観を徹底的に忌避している。だが、物語後半に入ると雰囲気は一変、世界は病の恐怖と死の影が常に漂う、ダークで醜い一面を露わにする。そこにはもはや、主人公たちのようなお子様のための居場所は残されていない。「あなたは何をしてらっしゃるんです?」と職業を聞かれて、「クロエを愛しています」と何のためらいもなく答えるコラン君に、世界は決して容赦しないのだ。

コランとクロエの恋愛は、甘く軽やかで余人のつけいる余地などまったくない完璧なものだけれど、まさにそうであるがゆえに、悲劇的な結末が宿命づけられている、ということなのかもしれない。逆に言うと、物語後半の暗さ、不幸の連鎖こそが、前半部の幸福感やきらめきにノスタルジックな輝きを与えている、ということになるだろうか。

二人はすぐそこの歩道に沿って歩いていった。バラ色の小さな雲が降りてきて彼らに近づいた。
「行こうか?」と雲が声をかけた。
「頼むよ!」とコランが言うと、雲が二人を包んだ。その中は暖かくて、シナモンシュガーの匂いがした。(p.79,80)

これは、そんな暗さなどかけらも見当たらない頃の、コランとクロエの初デートの一シーン。まったく、なんてキュートなイメージだろうね!

Duke Ellington: A Giant Among Giants - The Best LPs 1950-1961

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