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『なぜ美を気にかけるのか 感性的生活からの哲学入門』/ドミニク・マカイヴァー・ロペス、ベンス・ナナイ、ニック・リグル

作品概要・所感

現代の分析美学を代表するという3論者による、初学者向けのテキスト。「美」をいわゆる芸術作品の専売特許とするのではなく、服選びや食事、聴く音楽、道具の触り心地といった日々の「感性的生活(Aesthetic Life)」の問題として捉え直す一冊だ。

内容自体はとりたててややこしいものではなく、論理も明快でスムーズに読み進めることができる。ただ、俺にとっては、既存の価値観を揺さぶられるような箇所や、逆に反論したくなるような箇所についてもとくに見つけられなかったため、なんとなく腑に落ちた、程度の読後感になってしまった感がある。

感性的生活に、論理的な市民権を

美を「対象」としてではなく、生活の問題として記述している点が本書の最大の特徴だ。そして、人が何を美しいと感じ、何を選択するのか、ということは単なる個人の趣味には留まらず、「自分が何者であるか」というアイデンティティや他者との繋がりを形成する上で核心となる役割を担っている…といった内容が論じられている。

取り上げられるのは、たとえば以下のようなトピックだ。

  • 価値観の表明としての美的選択:自身の感性に従って何かを選び取るということは、自らの価値観を世界に対して表明する行為である。このプロセスこそが、単に生存要件を満たすということを超えて、人生に自分なりの筋道を付与する行為だと言える。

  • 自律の根拠としてのスタイル:実用性や効率性、道徳性といったものとは別の次元で、自分らしいスタイルを貫くということは、人間としての誠実さにも関わることである。つまり、誰かに強制されたからではなく、自分自身の感性に従って行動を選び取ることは、自律した人間の行動原理として正当化され得る。

  • 感性の共有によるネットワーク:「これは美しい」と表明することは、自身の世界の捉え方を他者と分かち合う試みである。それは、互いの差異を認めつつ価値を交換し合う、緩やかな共同体、深い人間関係の基礎となるものだ。

こうした議論は、分析美学的な手続きによって「感性的生活」に論理的な市民権を与えるものと言えるだろう。ただ、こういった内容の多くは、上記のようににはっきりと言語化はしておらずとも、誰もが普段の生活実践のなかで実感しているし、すでに内面化されているような事柄ではないか、ともおもえる。

掘り下げられなかった根源的な問い

読み進めていくなかで、どこか焦点が合わないというか、しっくりこないような感覚を覚えたのは、本書のタイトルにある『なぜ美を気にかけるのか』という問いと、本書が主戦場としている領域とが微妙に乖離しているからではないか、という気がする。

本書の原題は、"Aesthetic Life and Why It Matters"。そのまま訳してみれば、感性的生活とその重要性、といったところだろうか。「訳者あとがき」で指摘されているように、本書は人間が、「すでに美的なものに気を配る生活を送っている」ことを前提とし、その生活がどのような意義を持ち、どのように正当化され得るか、という「規範」の問題に焦点を当てている。

俺が『なぜ美を気にかけるのか』という日本語版タイトルから勝手に期待していたのは、「そもそも人間は、なぜ美的なものにこれほどまでに気を配っているのか」という、より根源的な動機の解明というものだったようにおもう。それはたとえば、自分がなぜこの服を選び、なぜこの音楽に惹かれるのか、という根拠への問いでもあるからだ。だが、本書はその問いに正面から向き合うものではなく、その先にある「感性的生活の重要性」の論理的基礎づけの方にひたすら注力している。

なぜわたしたちは美的なことがらにこうも気を配っているのか。なぜわたしたちは、他の多くの領域よりも美的領域に気を配っているように見えるのか。道徳的ジレンマの解き方について意見が分かれただけでは、二回目のデートは危うくならないのではないか。極端な利他主義者を除けば、ほとんどの人はチャリティーに寄付するよりも美的な追求に多くのお金を費やしている。なぜ美的なものは、わたしたちにとってこうも大切なものになっているのか。(p.20)

このように、本書冒頭で「なぜ美を気にかけるのか」という問題には一瞬触れられてはいるのだが、パラグラフの終わりでは、「なぜ美的なものは、わたしたちにとってこうも大切なものになっているのか」とすぐに別の問題へとスライドしていってしまっている。このふたつは一見似ているが、実は微妙に異なる問いではないだろうか?人間が美を気にかける理由と、美が人間にとって大切なものである理由は、必ずしも同じものではないはずだ。

スライドしていった先で行われる「感性的生活の重要性」に関する議論そのものは明快で、正直とくに異論もない、という感じなのだが、日本語版タイトルから俺が勝手に見込んでいたような内容が十分に扱われていなかったものだから、何か本選びミスったかも…という気持ちに(これまた勝手に)なったりもしたのだった。