Show Your Hand!!

本、映画、音楽の感想/レビューなど。

『パターン・レコグニション』/ウィリアム・ギブスン

作品概要・所感

ギブスンの2003年作。7作目の長編である。『ニューロマンサー』以降のいわゆるサイバーパンク的な舞台装置からは離れて、現実世界の2002年――9.11同時多発テロの翌年――を舞台にしているところが大きな特徴だ。9.11テロの前後で世界がどのように変化したのか、残された人々はこの世界をどのように生きるのか、といった問いかけが内包された作品と言うこともできるだろう。

主人公のケイス・ポラードは、タイトルのとおり特殊なパターン認識能力を持つアメリカ人女性で、マーケティングや文化的トレンドを扱う仕事に就いている。企業のロゴやトレードマークに対して重度のアレルギーを持っているのだが、逆に、どんなロゴが成功するのか、これからどんなストリートファッションが流行るのか、などをひと目で見極めることができるのだ。彼女は、インターネットに段階的に公開されている、「フッテージ」と呼ばれる謎の動画――ごく短い断片でストーリー性もないけれど、どういうわけか見る者に完璧な印象を残す、という異様な動画――に魅了されており、インターネット上のフォーラムで、最新の「フッテージ」の内容について日夜激論を交わしたりもしている。そんななか、巨大広告代理店ブルー・アント社からの依頼でロンドンにやって来た彼女は、同社のボス、ヒュベアトス・ビゲンドから「フッテージ」の作者を探し出すよう、調査を依頼されるのだが…!

ギブスンらしくSF的なガジェットはいくつか登場するものの、基本的に現代が舞台ということで、それまでの作品たちと比べるとかなり読みやすい一冊になっている。サイバーパンクの物語と比べると、読者が想像力によって補わなければならない画の量がずっと少なくなっているのだ。もっとも、主人公の職業柄、企業や商品の固有名詞は大量に登場してくるので、そのあたりの書き込みの細密さ、しつこさからギブスンらしさというのはしっかりと感じられるだろう。

流行の服飾品がならんだソーホーの専門店のショーウィンドーに映るケイスの会議用CPUは、フルーツ・オブ・ザ・ルームの新品のTシャツと、バズ・リクソンの黒のMA-1フライトジャケット、タルサのスリフトで買った無印の黒のスカート、ピラティス用の黒のレギンス、原宿の女子学生用の黒靴。ハンドバッグの代用品は、イーベイで買った東ドイツの黒いラミネート封筒だ――秘密警察(シュタージ)官給品の本物ではなくても、かなりいい線までいっている。(p.15)
CPU。ケイス・ポラード・ユニットの略。それはデミアンが彼女の服装を評してつけた名称だ。CPUは黒か白、もしくはグレーで、人間の介在なしにこの世界へ出現したように見えるのを理想としている。 他人の目にはミニマリズムの極北に見えるそれは、長くファッションの炉心で被曝していたことの副作用だ。その結果、彼女が着られるもの、着たいと思うものの種類は、容赦なく切りつめられていった。文字どおりのファッション・アレルギー。(p.15)

ギブスンの小説を読んでいてもっともおもしろいところは、さまざまな設定やらガジェットやらがわちゃわちゃと登場しては、それらがフルスピードで描写されまくっていくことによる、独特のグルーヴ感ではないかとおもうけれど、現代を舞台にした本作でも、そのあたりは十分に味わえる。

20年越しの、歴史上に存在しない「BLACK MA-1」

ちなみに、俺が本書を手に取ったのは、去年実家に帰ったときに、父からバズリクソンズのMA-1を譲ってもらったことがきっかけだった。「ウィリアム・ギブスンの小説に出てくるMA-1を持ってるんだけど、着る?」

2003年のこと、父は新聞で、本作に登場する黒いMA-1(上記引用部でケイスが着ているもの)について、バズリクソンズ――ヴィンテージミリタリーウェアの忠実な復刻で知られる――がブランド10周年記念に限定販売する、という広告を見つけたのだという。歴史上存在しなかったブラック仕様のMA-1(規定色はセージグリーンだった)が、小説から逆輸入する形で現実の製品として生み出される。そんな逸話に妙に惹かれて、おもわず電話をかけて購入してしまった、とのことだった。

父からそんな可愛らしいエピソードが出てきたことが意外だったし――彼は何しろ物欲のない男なのだ、とくにファッションに関しては――父がギブスンを読んでいたということにも少し驚かされた。そういえば昔、やたらとムキムキしたブルゾンを父が着ていたけれど、あれがこれだったのね…と、いまさら答え合わせができた気分である。

実際にモノを見てみると、20年以上前のアイテムということで、ウール製のリブ部分はさすがに多少伸びたり毛玉ができたりはしていた。が、全体的にはぜんぜんきれいだし、ナイロン部分がツヤツヤと輝いていて格好良い。しっかりと作られた服は、20年くらいではぜんぜんボロくならないものなんだな、と感心してしまった。中綿が入っていてやたらと暖かく、風も通さないので、これを着ていればコート要らずという感じである。軽くて頑丈なところも、いかにもミリタリーアイテムらしくて良い。よいお下がりをいただけた。

MA-1に付属していた、父が20年以上保管していたリーフレット。「敢えて宣言しよう。これが本物の「BLACK MA-1」だ。」とぶち上げている

で、本書では、このMA-1がなかなか印象的なアイテムとして登場するわけなのだけれど、ギブスンがやたらと熱量高く書き込んでいる箇所を以下に引用しておく。

ケイスはバズ・リクソンのフライトジャケットを椅子の背に掛けておいたのだが、いまドロテアがそれを見つめているのに気づく。 そのリクソンは、前世紀が生みだした純機能的で伝統的な衣服、空軍のMA-1飛行服の博物館クラスの忠実な複製だ。ドロテアのじわじわした怒りがしだいに加速してきたように、ケイスには思える。MA-1という切り札が、ミニマリズムに向けたドロテアのいかなる努力をも打ち負かしてしまう、と感じたのか。このリクソンは、ファッションとはおよそ縁もゆかりもない情熱につき動かされた、日本人の執念が作りだしたものなのだから。 たとえば、両袖の部分の特徴であるしわのよった縫い目だが、もともとは戦前の工業用機械で縫製した結果だった。ナイロンというつるつるの新素材に、古い機械が反発したのだ。リクソンの製造者たちは、そのしわをわずかに誇張しただけでなく、ほかにもさまざまの小さい細工を凝らしたため、できあがった製品はまさしく日本流儀で、あるひとつの崇拝行為を生み出す結果になった。模倣の対象よりもいっそう本物らしいレプリカ。ケイスの持ち物のなかでは、疑いもなくいちばん高価な衣服だし、代替品を手に入れることはほとんど不可能だろう。(p.18)

「MA-1という切り札が、ミニマリズムに向けたドロテアのいかなる努力をも打ち負かしてしまう」って、そこまで言うかね、という感じもするけれど、このギブスンのパッションこそがバズリクソンズに実際に黒のMA-1を作らせてしまったわけだから侮れない、ということにはなるのだろう。その「模倣の対象よりもいっそう本物らしいレプリカ」に袖を通し、20年以上前のナイロンのツヤ感を眺めていると、ギブスンの興奮もあながち大袈裟ではないのかも…とおもえないこともないのだ。

www.hayamonogurai.net