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『クローム襲撃』/ウィリアム・ギブスン

クローム襲撃 (ハヤカワ文庫SF)

クローム襲撃 (ハヤカワ文庫SF)

最近、いわゆるサイバーパンクの原点、っていうので超有名な『ニューロマンサー』を読んでいたのだけど、文章のあまりの読みにくさに挫折してしまい、じゃあ先に短編でも読んでみようか、とおもってこれを借りてきた。

で、ちょっとおもったんだけど、ギブスンの作風ってあまり短編向きじゃないんじゃないだろうか。いろんな用語が説明なしに飛び交いまくるところとか、意味がちゃんと通ってるんだか通ってないんだかよくわからないフレーズが平気でがんがん出てくるところなんかは、『ニューロマンサー』も同様だったから、まあこういう読みづらい文体なのかな、っておもうくらいなんだけど、短編ひとつひとつのなかで、アイデアがいまいち消費しきれていない感、その世界観を十分に活用できていない感が強いようにおもえて。わりと単純なストーリーが地味に展開していくだけの作品が多いような気がして、なんか鮮やかさに欠けるなー、なんておもってしまった。単に荒削りなだけかもしれないけど…。

そんななかでも、わりとおもしろく読めたのは、「ガーンズバック連続体」、「冬のマーケット」、「クローム襲撃」あたり。

シミュレーター・マトリックスの無色の非空間(ノンスペース)には、データの塔や広場がつらなっている。大量のデータ処理と交換を便利にするための、電子工学的な共感覚幻想。堅気のプログラマーには、自分の職場をとりまく氷(アイス)の壁を見る機会はない。その影の壁は、彼らの作業を他人の目から――つまり、産業スパイや、ボビイ・クワインのようなハスラーの目から――隠すためにある。(「クローム襲撃」p.290)

肉体のないおれたちが、カーブを切って、クロームの城へ突入する。ものすごいスピード。まるで侵入プログラムの波頭、突然変異をつづける似非(グりッチ)システム群が泡立つ上で、サーフィン・ボードの先にハングテンで乗っかっているようだ。意識を持った油膜となって、おれたちは影の通廊の上を流れていく。(「クローム襲撃」p.294)

意識を持った油膜、っていうのがいいなー。

あと、ブルース・スターリングがこの本に序文を寄せていて、それがなかなかかっこよかった。

もし詩人が認知されざる世界の立法者であるとすれば、SF作家はその宮廷道化師だ。われわれはとびはねてまわり、予言の言葉をもらし、人前で身をかきむしることのできる賢い愚者である。壮大な考えをもてあそぶことができるのも、パルプ雑誌にルーツをもつけばけばしい雑多さのおかげで、われわれが人畜無害に見えるからだ。
そしてSF作家には浮かれ騒ぐ機会がたっぷりとある――責任のない影響力をもっているからだ。われわれのことをまともにとりあげるべきだと考える人間などほとんどいないが、それでもわれわれのアイディアは目に見えずにふつふつと煮えたぎりながら、背景輻射のように、文化に浸透してゆく。(p.5)