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『ミケル・アルテタ アーセナルの革新と挑戦』/チャールズ・ワッツ

ミケル・アルテタがアーセナルの監督に就任してから22-23シーズンの終わりまでの歩みと、その背景について描いた一冊。ヴェンゲル→エメリ→アルテタという監督の変遷のなかで発生していた組織内部の混乱、パンデミック対応、エジル問題,オーバメヤン問題を経てのスカッドの若返り、ジャカの復活、22-23シーズンの大躍進と後半での失速…といった、グーナーにとってはおなじみの、ほんの少しだけ懐かしいトピックが取り扱われている。アマプラの『オール・オア・ナッシング』の期間とも被っているので、合わせて見るとより楽しめるだろう。(まあわざわざ本書を手に取るような人は、AONはとっくに視聴済みという人がほとんどだろうけれど。)

ワッツによれば、アルテタのいちばんの強みは、その信念にあるという。たしかに本書を読んでいると、組織を強くするためにはリーダーがブレないでいることが何より肝要なのだ、ということがよくわかる。まず妥協できないライン、これという価値観をしっかりと明示し、その基準、規律をメンバー全員に守らせる。そしてそのようなリーダーのあり方をメンバーが信じ、各自が自分自身の責任を全うしていく。それこそがマネジメントの根幹であり、それができて初めて組織というのは本当に団結できる、ということがアーセナルの混乱から再生までのどたばたを通して感じられるようになっているのだ。

相変わらず、アルテタの信念は揺るがなかった。これは彼の最大の強みの一つだ。彼には将来のプランがあり、それを追求する。物事がうまくいかないときにパニックになることは簡単だが、彼はそのような状態にはならない。彼はよく考えて行動し、そこには余計な意図はない。これによってスタッフや選手たちは何をすべきかを正確に理解することができるようになる。(p.205)

著者のワッツは「GOAL」のアーセナル特派員とのことなので、当然ながら現在のアーセナルの体制に関して批判的なことは書かれていないし、いままでまったく聞いたこともなかったような情報がたくさん書かれている、ということもない。また、アルテタアーセナルが採用してきた戦術の具体的な内容について多くのページが割かれているわけでもない。エジルやオーバメヤン側の言い分についても、相変わらず真実がどのようなものであるのかはよくわからない。そういう意味では、本書の内容はネット上でいくらでも読める類のサッカー記事とそんなに大きな差があるものではない、と言うこともできる。これはあくまでもスポーツ雑誌の特集記事がそのまま本になったような、ファン向けの一冊なのだ。

ただ逆に、ファンにとっては退屈ということはまったくない。グーナーなら、例えば、22-23シーズン後半のエミレーツでのボーンマス戦、試合終了間際のリース・ネルソンの感動的なゴールについて描いているこんなシーンを読めば、何度も繰り返し見た光景が頭のなかで自動的に再生され、胸がふるふるしてしまうこと必至なのである。

最終的にはアディショナルタイム、ギリギリでコーナーキックのクリアボールがリース・ネルソンのところに落ちてきた。交代で入ったネルソンはボールを完璧にコントロールし、左足のハーフボレーで美しいゴールを決めた。
スタジアムは、熱狂に包まれた。
「自然に足が動いた。どこに向かって走っているのかわからなかったけれど、走った」
とアルテタは、後にコメントした。スタジアムにいた6万人が、ネルソンのゴールが何を意味するゴールだったのかを遅れて理解することになった。(p.327)
このネルソンのシュートは格別で、あそこまでスタジアムが沸いたのは初めてだった。
「最も感情を揺さぶった瞬間だった。私たちがここまで一緒に歩んできた旅を経てやっとサポーターとチームが一丸になったということが、その瞬間に証明されたのだ。それは本当に特別な瞬間だった。この時を存分に楽しまなければならない。こんなことは滅多に経験できないことだ」
とアルテタはその時の気持ちをこう述べた。(p.327)