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『英国王のスピーチ』

DVDで。ジョージ5世の息子、ヨーク公ことアルバート王子は吃音が原因の発音障害に苦しんでいた。何しろ王族の公務にスピーチは必須、スピーチの機会がある度に彼のコンプレックスは膨らんでいくばかりなのである。彼は、妻エリザベスの勧めに従って、言語障害の「自称」専門家、オーストラリア出身のライオネル・ローグなる男のもとで治療を受け始める。ローグはロイヤルファミリーを前にしてもまったく臆することのない男で、やがてふたりは身分の違いを越えた友情を感じるようになっていく。そんな折、アルバートの兄、先代の後を継いで国王となったばかりのエドワード8世は、愛する女性と一緒になるため、王位を降りると宣言するのだが…!

かなりコンパクトな印象の作品だ。1930年代、第2次大戦直前の英王室を舞台にしているのに、主要な人物はアルバート(コリン・ファース)とエリザベス(ヘレナ・ボナム=カーター)、そしてローグ(ジェフリー・ラッシュ)の3人だけと言ってもいいくらいだし、テーマは、「アルバートの吃音症とその克服への挑戦」、あるいは、「大きな変化――兄が王位を降りてしまうので、英国王にならざるを得ない――を前に、それまでの自分を振り返り、自分自身のあるがままを受け入れる」というようなことで、まあ何にせよ、派手さはないのだ。もちろん、歴史ものだから、プロットにも驚きの要素というのは含まれていない。ただ、その代わり、非常に律儀な作風になっていて、吃音障害の苦しさというのがいったいどのようなものであるのか、かなりていねいに描かれているように感じられた。

吃音障害は、発音練習だけで完全に克服するのは困難であるということ、また、アルバートの症状の原因は、幼少期の心理的な問題にあったかもしれないらしい――吃音の原因というのは、現在においてもはっきりと解明されてはいないのだけれど――ということで、その治療は少なからず感情的な課題を扱うことになる。そういうわけで、今作の見どころは、やはりアルバートとローグの友情・信頼関係、ということになるだろう。身分や立場をまったく異にするふたりが、ときに衝突しながらも、時間をかけて少しずつ信頼関係を構築していく、っていうのは定番の展開でありながらも、やっぱり見応えがある。物語のクライマックス、アルバートがローグに向かって、「私には王たる声がある!」とおもわず叫ぶシーンなんかは、いま吃音から逃げるわけにはいかない、って気持ちが心の底から溢れ出てきているように感じられて、かなり感動的だ。

繰り返すけれど、とくに派手でドラマティックなエピソードがあるわけではない。ただ、細かな感情の機微がていねいに描写されているというそれだけで、じゅうぶんに心を動かされてしまうのだ。たとえば、治療に際しては対等な立場と信頼関係が必要だ、という信念を持つローグはアルバートに、「私のことを、ライオネルと(ファーストネームで)呼んでください」とたびたび言うのだけれど、アルバートはいつまで経っても彼のことを「ドクター・ローグ」、「ドクター」と呼び続ける。けれど、物語のクライマックスに至って、ジョージ6世となったアルバートは、側近の前で彼のことを「ローグ」と呼び、それから、「友人だ」とつけ加えてみせるのだ。そして、それに対してライオネルは、「ユア・マジェスティ」と返す。このやり取りに含まれた多層性なんて、しびれるよなー、とおもう。

あと、王族の人生に与えられている重圧というか、王族であるというだけで本当ににいろいろな制限があり責任があるんだなー、ということがしみじみと感じられる作品でもあった。そんななかで、ウィンザー公ことエドワード8世は、最近だと『ウォリスとエドワード』で「優しいだけの無能な男」という感じに描かれていたけれど、今作でもかなりしょうもない男、女にうつつを抜かす身勝手な男として描かれていて、そのダメっぷりはかなり強く印象に残った。

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