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『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』/佐宗邦威

直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN

直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN

カイゼン思考、戦略思考、デザイン思考に次ぐ、「ビジョン思考」なるものを提唱する一冊。佐宗によれば、「ビジョン思考」とは、個人の関心、妄想といった内発的動機からスタートして創造性をドライブし、直感と論理とを結びつけるような思考法、であるらしい。

前提とされているのは、クリスチャン・マスビアウ の『センスメイキング』で語られていたのと似たような話で、いわゆる「正解」のないVUCAの時代には、データやロジックに基づいて戦略を策定していく、というやり方は十分に機能しない、ということだ。だから、周囲の環境や自分自身について、自分なりに感知し、解釈して、自分なりの意味づけを行っていかなければならない。その感知・解釈・意味づけ(本書の表現によれば、妄想→知覚→組換→表現)の方法論として、『センスメイキング』ではリベラルアーツに再注目すべし、という主張がなされていたわけだけれど、本書では、「他人モード」(他人に合わせて、他人の思考を想定してかんがえる)ではなく、「自分モード」になってかんがえていこう、そこから思考をスタートさせよう、ということが述べられている。

マーケティングにロジカルシンキング、戦略的思考など、とにかく「他人モード」が重視されがちな現代において、すべてを自分のビジョン(妄想)からスタートしよう、というのは清々しい。最近よく話題に上がる、美意識やアートを重視した思考法と似たような方向性ではあるものの、本書では、自分の内なる声を聞き取るための具体的な方法論――時間的な余白を作る、紙のノートにモーニング・ジャーナルを書く、自身の偏愛するものをコラージュする、自分の妄想を1枚の絵にする、など――が書かれているところが新しいと言えるかもしれない。

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個人的に刺さったのは、「シンプルでわかりやすい世界」の何が問題なのか、という話。膨大な情報が氾濫する現代において、シンプルであること、簡潔で明快であることは一般に「よいこと」だとかんがえられがちだけれど、そこには問題がある、と佐宗は言う。

「このスライド、すごくシンプルだね!」と言われれば、それは称賛を意味するし、上司から「ここはちょっと複雑だなー」と言われれば、それは「修正すべきだ」ということに等しい。パワーポイントなどの教則本にはたいてい、「1スライド・1メッセージが基本」と書かれている。たとえ現実がどんなに複雑だとしても、あえて細部を切り落として加工した「現実」のほうが好まれるというわけだ。
テクノロジーのおかげで、僕たちは世界をとてもよく見通せるようになったと感じている。複雑で雑多な情報が、整然とシンプルなかたちにまとめられ、すっきりと頭に入ってくる気がする。 しかし、おそらくそれは誤解だ。僕たちが触れている情報は、個人に最適化された「断片」でしかないからだ。 「シンプルさ」「わかりやすさ」を突き詰めるほど、僕たちの視野は狭まるようになっている。

現実というやつはどこまでも複雑であるために、細部を切り落として咀嚼しやすくした、「現実」が好まれ評価されがちな今日この頃だけれど、これらはあくまでも個々人に最適化された「断片」に過ぎず、視野を狭める効果しかない、ということだ。

「他人モード」の極みとも言えそうな、閲覧履歴に基づいたリコメンド商品のリストやターゲティング広告、SNSのタイムラインといったものは、たしかに個々人にとって「シンプル」で「わかりやすく」、快適であるかもしれない。だが、それらの「断片」には、世界そのものを認識させてくれるような機能は含まれていない。それらは、「他人モード」によって生み出されたアルゴリズムに従って、現実にフィルタをかけ、枝葉をばっさりと切り捨てているに過ぎないのだ。

逆説的なことに、個人向けにカスタマイズされた情報に触れれば触れるほど、個人の頭のなかは「ほかの個人」と同一化していき、人と同じようなことしか考えられなくなる。

アルゴリズムによって枝葉を切り捨てるということは、多くの人に受け入れられやすいように単純化するということ、もっと言ってしまえば、ある集団の価値観の同質性に寄りかかっていくことでもあり得る。そもそも、そういった「最適化」を行っているのは、それによって利益を得ることができる第三者であり、彼らが見せようとするのは自分たちに都合のいい「現実」でしかないのだ。そういう意味では、こういったテクノロジーによって加工された「断片」たる「現実」を無批判に摂取することは、自ら洗脳にかかりにいっているようなものだ、とも言えるだろう。

佐宗は、視覚障害を持っている人の方が三次元の知覚力が高い――視覚以外の感覚情報や経験値を視覚障害者でない人よりも上手く活用している――という例を挙げるなどして、複雑な世界から目を背けないこと、複雑なものをその複雑さのままに感じ取り、そのなかから自分なりの理解、意味を作っていくことこそが、「自分モード」でかんがえていくためには肝要だ、と述べている。

世界の複雑さから逃れようとすれば、他の誰かにとって都合のいい「現実」を生きさせられることになってしまう。「自分モード」によって駆動される「ビジョン思考」は、ビジネスの局面だけでなく、自らの頭でかんがえながらこの現実を生き抜いていく上で必要な思考法だと言うこともできるかもしれない。