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『ミッテランの帽子』/アントワーヌ・ローラン

1986年のパリ。冴えない会計士のダニエルは、ふとしたことで、フランス大統領フランソワ・ミッテランの帽子を手に入れる。帽子には、それをかぶった人の運命に幸運の導きを与える、得体のしれない力があるようで、ダニエルはその日から一気に出世街道を駆け上がることに。やがて帽子はダニエルの手を離れ、作家志望のファニー、香水の調香師のピエール、資産家のベルナールらのもとを訪れては、彼らひとりひとりの人生を瞬く間に大きく変え、また次の持ち主のもとへと渡っていく。ダニエルは、自分の運勢を好転させた帽子を取り戻そうと、必死で捜索し続けるのだが…!

神秘的な力を持った帽子を中心に、さまざまな登場人物たちの人生模様を描いていく連作短編的な構成の小説だ。料理、ワイン、ファッション、香水、音楽、絵画、テレビ番組などなど、80年代中盤のフランスのカルチャーがたっぷりと盛り込まれているところがたのしいし、作品全体に通底する、軽やかに人生の美しさを味わおうというムードも心地よい。エスプリが効いていて、ちょっと謎めいていて、決してヘヴィにはならない。なんというかもう、いかにもフランスっぽいお洒落な作品になっているのだ。

パリの家の大家は、ジェロームの通う学校の女性校長と同様、突然の退去に怒り心頭だった。「すいません、でも人生には状況というものがありまして……」、ダニエルは怒られると決まって謎めいた答え方をした。するとしりきれとんぼのこのセリフはブラックホールとなって、話し手の反論を飲み込んだ。自分ではいかんともし難い謎めいた状況の変化に身を委ねた男に何を言うことができようか。何も言えまい。(p.36-37)

こんな感じの小粋さ、小洒落た感じが全編を貫いており、読んでいると否応なしにハッピーな気持ちにさせられてしまう。ウェルメイドな小品、という印象の作品ではあるけれども、俺はなかなか好きだった。