有人火星探査を行っていた宇宙飛行士のワトニーは、猛烈な砂嵐によるミッション中止によって火星を離脱する際、不運な事故でひとり火星に取り残されてしまう。不毛の大地にただひとりの人類として、彼は限られた物資と己の知識のみを武器に、なんとか生き延びようと試みるのだが…!
本作で特徴的なのは、火星を舞台にした作品でありながらも、発生するトラブルやその解決法が、いかにもちょうどあり得そう、というリアリティを保っているところだろう。問題点を洗い出し、ひとつずつ対策をかんがえていく、そのプロセスが逐一丁寧に描かれていて、SFというよりなにか現実のプロジェクトの顛末を追っていくような雰囲気があるのだ。また、SF的なガジェットも少なめで、食料を作らないと生き延びられない→水が足りない→猛毒のヒドラジンを分解して水素を作成する、とか、バクテリアもいないから、自分の排泄物と火星の土を混ぜてみる…といった感じに、細々としたトライアンドエラーの過程が逐一書き込まれており、そこがおもしろい。通常、サバイバルものというのは、周辺地域の探索とか予期せぬ外的要因とか、仲間内での人間関係とかがプロットの流れを決めていくことが多いだろうけれど、本作の場合、宇宙船の外には本当に何もなく、誰もいないないわけで、本当に純粋に主人公の能力と手元の資源だけでなんとかしていかなければならない。そこが本作独自のおもしろさにつながっているだろう。
ワトニーは火星にただひとり残された人間、という人類史上究極に絶望的な状況をサバイバルしていくわけだけれど、どんな逆境でもユーモアを忘れないというか、むちゃくちゃにポジティブで陽気なキャラクターという設定になっているので、重苦しいムードはまったくなく、わくわくしながら読めてしまう。まあそれだけに、いまひとつ緊迫感に欠けるところはあるのだけれど、こういうタイプの物語というのも悪くはない。作品後半からは、ワトニーが生きていることに気づいたNASAが救出作戦を開始し、火星と地球とが連携して動くようになっていくことで、否応なしに盛り上げてくれる。全体的に軽いノリのSFエンタテインメント小説という感じで、なかなかたのしく読める一冊だった。
つまりこういうことだ。ぼくは火星に取り残されてしまった。<ヘルメス>とも地球とも通信する手段はない。みんな、僕が死んだものと思っている。そしてぼくは三一日間だけもつように設計されたハブのなかにいる。もし酸素供給器が壊れたら窒息死。水再生機が壊れたら渇きで死ぬ。ハブに穴が空いたら爆死するようなもの。そういう事態にならないとしても、いつかは食料が尽きて餓死する。
ああ、まったく。最悪だ。