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『フリー <無料>からお金を生みだす新戦略』/クリス・アンダーソン

フリー ―<無料>からお金を生みだす新戦略

フリー ―<無料>からお金を生みだす新戦略

『WIRED』誌の編集長だったクリス・アンダーソンによる2009年の著作。10年も前の本だけれど、書かれている内容はいまなお進行中のものばかり。アンダーソンの洞察力はすごいな、と感じ入った。

アンダーソンは、20世紀のマーケティング手法にも「フリー」(=費用からの自由)を利用するものはあったけれど――安全剃刀をタダで配って、替刃を販売して利益を得る、無料でレシピ本を配布して食品の売り上げを伸ばす、など――デジタル技術を利用した21世紀の「フリー」は、「将来のためのエサではなく、本当にタダ」である点が重要なのだと語る。アナログで試供品を作ったり配布したりするのにはいちいちコストがかかっていたけれど、デジタルの世界においては、情報処理や通信にかかるコストが、ひいてはオンラインサービスに必要となるコストが、激しい競争を通じて限りになくゼロに近づいていくことになる。おまけに、デジタルであれば全世界のユーザに対して一度に「フリー」のサービスを提供することだってできる。

そういうわけで、アンダーソンの主張は、「フリー」の周辺でお金を稼ぐことこそがビジネスの未来になる!ということになる。ゼロに近い限界費用を利用して、できるだけ「フリー」で顧客を集めまくろう、という話だ。

本書によれば、そんな「フリー」には、およそ以下のような原則があるという。

  1. デジタルのものは、遅かれ早かれ無料になる。(アナログのものも同様に無料になりたがるが、それはデジタルほどのスピード感は持ち得ない。)
  2. 「フリー」は止まらない。使用制限や警告、法律といったもので製品の無料化を食い止めようとしても、結局は経済的万有引力に逆らうことはできない。皆、遅かれ早かれ「フリー」と競い合うことになる。
  3. 「フリー」からもお金儲けはできる。時間の節約、リスクの低減、ステータス、自分の好きなもの、そういったものにお金を払う人がいる。「フリー」は新しい顧客を獲得するドアを開けてくれる。
  4. 「フリー」によって満たされた人の欲は、ひとつ高次のレイヤーに移行する。誰もが持っているものには価値が見い出されなくなり、ブランドものの価値が上がったりする。
  5. ビジネスの機能がデジタルになれば、各ビジネスのリスクは少なくなる。母艦が沈む危険を回避しながら、多くのビジネスを行えるようになる。企業文化は「失敗するな」から「早めに失敗しろ」に変わる。

では、世のなかの「フリー」に対抗するにはどうすればよいのか?アンダーソンは「あらゆる潤沢さは新しい希少性をつくり出す」ので、「単純に無料のものよりよいもの、少なくとも無料版とは違うものを提供すればいい」と述べている。

私たちは、自分たちがまだ充分に持っていないものに高い価値をつける。たとえば、職場で無料のコーヒーを好きなだけ飲めることで、よりおいしいコーヒーの需要を呼び覚まし、喜んでそれに高い料金を払う。そして、一流シェフの料理からブランド飲料水まで、プレミア商品は安価なコモディティの海から浮かび上がってくるのだ。
フリーと競争するには、潤沢なものを素通りしてその近くで稀少なものを見つけることだ。ソフトウェアが無料なら、サポートを売る。電話が無料なら、遠くの労働力と能力をその無料電話を使って届ける(インドへのアウトソーシングがこのモデルだ)。もしも自分のスキルがソフトウェアにとって代わられたことでコモディティ化したならば(旅行代理店、株式仲買人、不動産屋がその例だ)、まだコモディティ化されていない上流にのぼって行って、人間が直接かかわる必要のある、より複雑な問題解決に挑めばいい。そうすればフリーと競争できるようになるだけではない。そうした個別の解決策を必要とする人は、より高い料金を喜んで支払うはずだ。

まあいずれにせよ、「フリー」が世界中で活用されまくっている現在では、どこから対価を得るか、ということについての発想を豊かにして、自らのコモディティ化を避けるべく、アイデアをどんどん試していく必要がある、ということだろう。

また、「フリー」の限界費用ゼロ効果に抵抗するように現れてきたものとしては、市場の独占ということも挙げられるだろう。市場を独占してしまえば、競争相手自体がいなくなるわけで、自由に価格を決定できるようになる。生産コストよりもずっと高い価格を設定して、いくらでも利潤を獲得することができてしまうわけだ。GAFAがやっていることがそうだし、ピーター・ティールも『ゼロ・トゥ・ワン』でまさに独占こそが重要だと――そして競争が必要などというかんがえはイデオロギーにしか過ぎないと――書いていた。本書の語る「フリー」の全面的な開放から10年を経て、こういった独占企業によって、もはや自由市場と呼ぶこともできないような、非民主主義的、反競争的な資本主義が世界を席巻し始めているのが現在だ、と言うこともできるかもしれない。