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『in our time』/アーネスト・ヘミングウェイ

in our time

in our time

『われらの時代』(原題:”In Our Time”)の出版される前年、1924年にわずか170部だけ刷られたという書物、”in our time”の柴田元幸による全訳。『われらの時代』の各短編の扉部分にある超短編(1ページくらいの小品)のみを18章集めたものが一冊にまとめられている。

『われらの時代』が優れた作品集であることはもちろんだけれど、そこから簡素な素描と言ってもいいような部分のみを抜き出した本作も、これはこれでなかなか趣がある。各章で扱われているのは、いずれも戦場や闘牛場における闘いや死にまつわるちょっとしたエピソードだ。トピックとしては血なまぐさい暴力が描かれていることが多いのだけれど、全体的に「暴力性」というものが明らかに欠けていて、むしろ倦怠感、疲労感といったものが強く喚起されるようになっているところが特徴的だ。

読点が少なく切れ味の鋭いヘミングウェイの文体はこの頃からすでに完成されており、それだけを余計なあれこれ――男らしさや攻撃性やセンチメンタリズムや政治性や、その他小説を長大にするために用いられる工夫や技法の数々――を一切廃した状態で堪能することができる、というところが本作の美点だと言っていいだろう。ひたすらに簡潔で即物的なことを旨とするヘミングウェイの文章は、その表面が乾いてればいるほどにその裏側のウェットな心象が滲み出てくるような性質を持っているけれど、極端に短いエピソードの集合体である本作においては、読者にそのような感傷に浸る暇が与えられることはない。

僕たちはモンスで庭園にいた。若僧のバックリーが偵察隊と一緒に川向こうからやって来た。僕が初めて見るドイツ兵が庭園の塀を這い上がってきた。僕たちはドイツ兵が片脚を塀の上に掛けるまで待ってから一斉に彼を撃った。ドイツ兵はものすごくたくさん装備をつけていてひどく驚いた顔でどさっと庭園に落ちてきた。それからさらに三人が塀のもっと向こうの方を這い上がってきた。僕たちは彼らを撃った。みんなそういうふうにやって来たのだ。(p.14)

『in our time』は全編通してただただ静謐で、疲れて荒廃した印象だけが持続していくような一冊だと言っていいだろう。銃撃音、土埃、牛と馬の匂い、血の滾り、兵士の疲労、闘牛士の倦怠、そんなものたちがごく短い文章のなかに収められた、ミニマルな作品集だ。