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『ベルカ、吠えないのか?』/古川日出男

ベルカ、吠えないのか?
古川日出男の小説の、ケレン味に満ちたキメキメな文章、大仰な感じが俺はどうも得意じゃない。いやー、そんな盛り上がられても…、とかおもっちゃったりして、テンションがうまくついていけないのだ。ただ、これは犬たちを描いた作品だ。犬ってやっぱワイルドな生き物だし、だからまあ、犬なら、ちょっとかっこつけ過ぎなくらいの文体でちょうどいいのかなー、などとかんがえつつ――ときどきジャック・ロンドンをおもい出したりしつつ――この小説を読んだのだった。

作品の軸になっているのは、20世紀後半を駆け抜けた軍用犬の系譜、とでもいうようなものだ。犬たちを主体にして、戦争の時代の歴史が語られていく。その語りは、もうとにかくスピード重視な感じで、歴代の犬たちのエピソードが逐一ていねいに書き込まれているというよりは、次々と現れては消えていく犬たちの(歴史の)流れを呼び起こそうとするかのような勢いに満ち溢れている。語り手が犬たちに対して2人称で呼びかける、その文章はやたらと熱い。

純血?
お前はそんなものには興味がない。
興味があるのは、単に、勁さだ。どこまでも、どこまでも、生きられる強靭さ。イヌとして。一頭のイヌとして。あるいは、一つの系統樹として。(p.183,184)

オレハ雑ジルいぬダ!とお前は言葉にはならないが自覚する。ドコマデモ……ドコマデデモ、生キルタメニ!
お前は人間に作り出されて固定された“犬種”など、いっさい無視する。お前は(一頭のイヌとして、一つの系統樹として)お前の理想をめざす。(p.184)

この辺りなんかは、古川が自分の目指す小説について語っているみたいな感じがしなくもない。小説とか文学だって純血にこだわるんじゃなくて、外部の血と積極的に雑じりながら、ハイブリッドとしての強さを手に入れて生き延びていったらいいんじゃん、っていうような。

そういう古川の姿勢は、まあ、かっこいいなーとおもう。おもうんだけど、この作品ではそういうシリアスぶっているところよりも、たとえばこんな、

一九七五年、ではもう一頭のイヌ、北緯二十度の雄犬だ。メキシコ・シティのカブロンだ。このイヌは一人の分身を持つ。それは人間であると同時に、イヌでもある。いや、素顔を覆ったときにだけ、その人物はイヌ=人間と化す。すなわち一人/一頭の分身に。混血(メスティソ)で、年齢は三十歳、名前は怪犬仮面。それはリング・ネームだ。怪犬仮面はルチャドールだ。

当然イヌをデザインした覆面を着けて、リング上でイヌ=人間と化す。必殺技はイヌ固めに、脳天イヌ噛み。そして雷撃のセント・バーナード蹴り。(p.283)

なんだか妙にテンションが高くなっているところ、ふざけて弾けちゃってるところの方がずっとたのしく読めた気がする。小説全体としても、決してつまらなくはない、っていうか、たしかにおもしろいとは感じるのだけど、どうも相性が合わないような、微妙なきぶんになる作品だった。