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『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』/佐藤友哉

フリッカー式 <鏡公彦にうってつけの殺人 > (講談社文庫)
佐藤友哉のデビュー作。俺はいわゆるメフィスト系の小説っていうのをちょっと苦手にしていて、でも、今より年をとったらさらに手に取りにくくなるに違いないとおもったので…、って、読み始めた動機はあまりポジティブとは言えない感じだったのだけど、これはおもしろい小説だった。

ストーリーには牽引力があって読みやすいし、エンタテインメントしていてなかなかたのしい。とにかく、かったるくないところがいいなー。ジャンル的にはミステリなんだろうけど、作品のおもしろさはミステリ的なトリックやキャラクターの魅力なんかとはたぶん別のところにあって、それはやっぱりこの文体と、作品の壊れっぷり、ってことになるんじゃないかとおもう。妙に饒舌で薄っぺらな語り口だし、人を食ったような、というか、ちょっと自意識が強すぎるんじゃ…、なんて読んでいて心配になるような雰囲気が作品全体を覆ってもいる。それに、部分部分も全体の構成も、いちいち破綻しているのがすごい。

確か……僕が小さな、まだテレビアニメと三時のおやつが生活の中心に居座っていたころ、二十を少しすぎたばかりの長女に手を引かれ、近所のスーパーマーケットに出かけた。僕は道路に蟻の行列を発見し、それをブチ切れたガリバーみたいに次々と踏み潰した。
すると姉はニッコリ笑って、潰すなら三匹だけにしなさいと窘めた。その言葉に少なからずおどろいた僕がなぜ三匹だけならいいのかと質すと、姉は更に笑い、勇敢な者はいつだって三匹なのよと答えた。
今なら解る。
解ったと錯覚できる。
ついに……本格的な殺意が沸いた。(p.258,259)

ただ、どこかしら安易な印象は否めなくて、それは作品を作品として成立させるところの、切実さみたいなものがあまり伝わってこないようにおもえたからかもしれない。描かれる出来事はいちいち派手なのに、妙に印象が淡白っていうか、作品の叙情感を薄めよう、あるいは引き剥がそうとでもしているような印象を受けた。とにかく後味悪くしようと必死になっているような感じもして、うーん、ひねてるなー、っておもったり。正直言って、何がどうおもしろいとかうまく言い表せないのだけど、どこかしらおもしろい。ふしぎな小説だった。