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『『嵐が丘』を読む ポストコロニアル批評から「鬼丸物語」まで』/川口喬一

『嵐が丘』に関するさまざまな文学批評、読みの方法が取り上げられた一冊。さすが古典と言うべきか、ロマン主義の表現主義的批評から始まって、リアリズム批評やマルクス主義批評、ニュー・クリティシズムやフォルマリズム批評といった客観批評、精神分析批評、構造主義批評、フェミニズム批評、ポスト構造主義批評、脱構築批評、カルチュラル・スタディーズのポストコロニアル批評などなど、文学批評の各モードによる批評の試みがなされてきているわけで、作品のさまざまな読まれ方が把握できるのと同時に、文学批評理論というやつの変遷もよくわかる一冊になっている(あと、『嵐が丘』の翻案小説や、映画版についても取り上げられている)。明快なまとめがなされているので非常に読みやすいし、頭の整理にもぴったり、『嵐が丘』を読んだことがある人ならたのしく読むことができるだろう。

新しい作品を前にして、読者はそのジャンル決定を迫られる。うまくジャンル決定ができた場合、彼はそのジャンルがあらかじめ持つ既成概念に基いて作品を解釈ないし評価する。たとえば『嵐が丘』という作品はゴシック小説であるとか、ロマンスであるとか、小説の外見を持った一編の詩であるとか、というように。(p.28)

しかしジャンル決定がうまくできない場合は、読者はそれを作者が未熟であるゆえに作品がなんらかの破綻をしているからだと考える。それにもかかわらず、その作品に無視できない力強さが備わっている場合はどうか。読者はそのような作品の混乱の理由を、いくつかの観点から説明しようとするだろう。(p.28,29)

まあ何しろじつにいろいろな読みが提示されているわけで、そのなかにはおもわず感心してしまうようなものもあれば、ちょっぴり強引なものも、いかにも古色蒼然として退屈なものもある。とはいえ、まあとにかく『嵐が丘』がとんでもなく豊穣でわけがわからなくて矛盾に満ち満ちており、誰もが自分なりの解釈を行いたくなる、いかようにも読みようのある作品だ、ということがよくわかる一冊だと言えるだろう。本書で取り上げられているさまざまな読解を読んでいくなかで、『嵐が丘』という作品の秩序を拒否し続けるような姿勢、整合性への欲求の拒否の姿勢がますますはっきりと感じられてくるようでもあった。