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『チャイルド・オブ・ゴッド』/コーマック・マッカーシー

チャイルド・オブ・ゴッド

チャイルド・オブ・ゴッド

マッカーシーの1973年作。長編としては3作目、『すべての美しい馬』や『ブラッド・メリディアン』よりも以前の作品で、現在邦訳が出ているもののなかではいちばん古い作品ということになるけれど、マッカーシー独特のスタイルやフィーリング――悲劇性の充満した神話的な世界とそこでの暴力、見捨てられ頼ることのできるものなど何もないというつまはじき者の感覚、血と死の匂い、静謐さ、自然の描写でふいに顕著になる叙情性、など――はもうこの頃から確立されていたんだな、ということが感じられる一冊だった。物語の舞台はテネシー州東部の山奥。レスター・バラードというひとりの男が社会との繋がりを失い、やがて犯罪に手を染めて破滅への道を突き進んでいく様が描かれていく。

いま、犯罪に手を染める、と書いてしまったけれど、読んでいてもあまり「犯罪」が描かれているという感じはしない。バラードの行動はとにかく本能のおもむくままで刹那的、野獣のそれとほとんど変わりないものであって、人間社会の法や倫理、良心などといったものに対しては何らの感情も抱いていないようなのだ。だから、彼の暴力には社会に対する抵抗や反発といった意味合いはほとんど含まれていない。それは、犯罪というよりもっと単純で原初的な匂いのする暴力なのだ。

そのせいか、彼のふるまいから感じられるのは、恐怖や怒りというよりもむしろ哀しみである。「あなたによく似た神の子」であり、「痩せ細り僻みきっ」た男、「悪運の星の囚になって」いる男、その人間社会にどこまでも不適合な姿、どうにも救いようのない姿が、ひたすらに哀しいのだ。

そんなバラードの姿を描き出すマッカーシーの文章は非常に映像的だけれど、読点の極端に少ないそれは、独特のうねるようなグルーヴを持ち合わせてもいる。

雀蜂が納屋の板のすきまから射し入る梯子状の光を横切りストロボ照明を受けたように明滅し黒と黒のあいだで金色に輝いて濃密な闇のなかで光る蛍の群れのようになる。男は足をひろげて立ち黒っぽい腐植土の上により黒い水溜りをつくりその水溜りに浮いた白っぽい泡と藁屑が渦巻く。ズボンの前ボタンを留めながら納屋の壁ぎわを歩き動くたびにこの男の身体にも光の格子模様が映り、壁のほうに向けた男の眼に光がちらちら当たって小さな不快感を与える。(p.6)

たとえばこんなところは、そのまま映画にできてしまいそうなくらいくっきりとしたイメージがあるけれど、イメージをほとんどおもい浮かべないで(頭のなかでほとんど映像化しないで)言葉のリズムだけに頼って読んでしまっても、じゅうぶんにかっこいいんじゃないかとおもう。