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『絵のない絵本』/ハンス・クリスチャン・アンデルセン

貧しい絵描きの若者を慰めるため、月は夜ごとにやって来ては、一晩に一話ずつ、これまでに見てきたさまざまなできごとを語って聞かせてくれました…という形式で書かれた、連作の短編集。一編あたり4,5ページくらいの長さのものがほとんどなので、短編というよりは、散文詩、断片、スケッチなどと言った方が正確だろうか。地上のすべてを見守っているところの月が語り手ということで、物語では世界中ありとあらゆるところ――ヨーロッパ、アフリカ、インド、中国――のようすが描かれることになるわけだけれど、ところによっては月の光が一日のごく限られた時間しか差さなかったりするために、月の人間観察は、長い年月をかけた間歇的なものになっていたりもする。

各編には、物語性の濃厚なものも、ほとんど感じられないものもあるけれど、詩情だけは必ずたっぷりと含まれている。それは、タイトルの通り、これらが若者によって一枚の絵に落とし込まれるべき物語であるからだと言えるかもしれない。一幅の絵画を目の前にしたとき、人はそこから物語性や「その絵が描かれた理由」などといったものを見出すことができなくても、その美しさや詩情を感じ取ることはできる。だから、本作もそんな風に――夜空に浮かぶ月の柔らかな光に照らし出される、人間たちの生の哀しみや美しさをぼんやりと感じながら――読んでいけばいいのだろうとおもう。

本作のような作品にひねりを加えて現代的にしたり、おしゃれ感を増したりしたものが、たとえば、イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』や、クラフト・エヴィング商會の諸作品だと言えるのではないかという気がする。とはいえ、そこはやはりアンデルセン、そういった作品たちと比べてみると、ここではアイロニーの色がかなり濃厚だし、物語のいくつかはいかにも童話的な悲惨さを湛えたものになっている。

『わたしはひとりのポリチネロを知っています』と、月は言いました。『見物人はこの男を見ると、やんやとはやしたてます。この男の動作は一つ一つがこっけいで、小屋じゅうを、わあわあと笑わせてしまいます。しかし、何一つ笑わせようと思って、そうしているのではなくて、この男の生れつきがそうさせるのです。この男がまだ小さい少年のころ、男の子たちと、はねまわっていた時に、もうすでにポリチネロだったのです。自然がこの男をそうきめて、背なかに一つ、胸の上にも一つ、こぶをつけてくれました。(p.48)

その男の目には涙がたまっていました。それもそのはず、今しがたひとびとから口笛を吹かれて、舞台を追われてきたからです。もっとも、それは、しかたがないことでした。あわれな男です!この才能のない男は芸術の国では、気に入られなかったのです。この男は深い感情を持っているし、また感激をもって芸術を愛しもしましたが、芸術のほうでこの男を愛さなかったのです。――舞台監督のベルが鳴りひびきました。――大胆果敢に主人公登場、と役割表に書いてありました。――この男は物笑いの種にされた見物人の前に、ふたたび出なければなりませんでした。(p.57,58)