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『ホームシック 生活(2~3人分)』/ECD、植本一子

ホームシック: 生活(2~3人分) (ちくま文庫)

ホームシック: 生活(2~3人分) (ちくま文庫)

レーベルとの契約打ち切り、アル中、閉鎖病棟入院、鬱、家は猫のマーキングで荒れ放題、ってまさしく無頼の日々を送っていた40代後半のECDが、24歳年下のカメラマン、植本一子と出会い、付き合うようになって、同棲、妊娠、結婚、出産といったイベントを迎えていく…という、家族のはじまりとその生活の記録が収められた一冊。ECDによる文章が大半だが、植本による文章も一編、収められている。

新しい家族との生活というやつの、その美しさ、壊れやすさに、読んでいて胸がきゅーんとなってしまう。そうかこういうのが「生活」するってことなのか、なんておもわず得心してしまいそうになるくらい、素朴で剥き出しになった生の輝きが感じられるのだ。それはもう、自分の薄っぺらさにうんざりしてしまうくらいに。俺もいつかこんな喜びや悲しみを味わうことがあるんだろうか…?などとうっかりかんがえたりしてしまいそうになる。

いちこが作ったそうめん、おからの煮物、きゅうりとわかめの酢の物、ゴーヤの炒め物が並んだテーブルを父と僕といちこの三人で囲み、ちょっと遅い昼食をとった。 「おいしいよ。今じゃそうめんとか食べることないからな。おつゆもおいしいよ」 父はもう十年近く、僕と十七歳離れた一番下の弟、育との男二人だけの暮らしが続いている。先日、引越し費用の一部を借りに久しぶりに訪れた実家で、僕はそんな父の暮らしぶりを垣間見た。ご飯は炊飯器で自分で炊いていたけれど、おかずは近所のスーパーで買ってきた出来合いの惣菜だった。 「おからもいしいよ」 橋をつけるものひとつひとつに父は、「おいしい、おいしい」と言いながら食べた。(p.49−50)

くらしが生まれて、生後一ヶ月までの夜も眠れない目が回るような日々は去り、今は家に帰ってくらしの顔を見ると心の底からホッとする、この、ホッとするというのが僕の今までの人生にあまりなかったことで、これを人は日常と呼ぶのかもしれないと、今になって思う。そして、これが本当の日常だとするならば、ひとり暮らし時代の僕の生活はどちらかといえば二十四時間が非日常に近く、完全に非日常であるライブの時間と地続きで、だから、ライブに際して今ほど自分をかりたてる必要もなかったのだと思う。今は日常があまりにもドッシリとしているから、そこから自分を引きはがすために大きなエネルギーが要る。(p.176)

「ホッとする」ということこそを「人は日常と呼ぶのかもしれない」というところがなんとも染みる。俺が「心の底からホッと」したのなんて、いつのことだっただろう?とかかんがえないではいられなくなるのだ。

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ECDの文章は、シンプルで淡々としていて、しかしごくまれにその内奥のところにある哀感が顔を覗かせる、といったスタイルだ。安定していて、はっきりと自分を突き放して見るような、冷めた部分もある。対して、植本一子の筆致はもうひたすらに子供っぽいというか女性らしくわがままというか、とにかくどストレートに感情をぶつけてくるタイプのもの。彼女の文章が本作のちょうど真ん中あたりに収められていることで、ふたりが相当に異なる感性・視点を持ち合わせていることがよくわかるような作りになっている。

彼らが自分たちの生活を見つめるその視線には大きな違いがあるけれど、ふたりがその違いのままに、ひとつの家族を作っていこうとしていくところにこそ、生活というやつの難しさと美しさがあるのかも…なんておもわされてしまう素敵な一冊だった。

あと、ところどころに収められている植本の写真がとても良い。彼らの日常を切り取ったようなスナップで、柔らかな光のなかに自然体の表情が写し出されている。