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『センスメイキング 本当に重要なものを見極める力』/クリスチャン・マスビアウ

今日、ビジネスの世界でもっとも重要視されているのはSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)やビッグデータ、アルゴリズム思考といった、いわゆる理系の知識だと言えるだろう。現代はデータ至上主義の時代だ、と言ってもいいかもしれない。そして、理系の自然科学的な知識が重要視されるだけならばまだしも、それらの勢いによって、もはや文系、人文科学といったものは虫の息、いまわの際というような状態だ。なかでも哲学や文学などの教養学科は、もはや時代遅れの学問、生産性の向上に寄与しない無用なものと見なされるような風潮すらある。

本書は、そんな理系偏重、データ至上主義的な傾向に対して警鐘を鳴らす一冊だ。著者のマスビアウは、世界を数字やモデルだけで捉えているだけでは、その真実の姿にはたどり着けない、理系の知識だけで割り切れないような状況に対して対応しきれない、と述べる。人間や人間の社会、市場といったものを本当に理解しようとするためには、ビッグデータだけではダメで、人間がこれまで築き上げてきた文化的な知や感性を駆使し、自分とは異なる世界のありようを想像していかなくてはならない、というのだ。

人間のあらゆる行動には、先の読めない変化が付き物なのだが、理系に固執していると、こうした変化に対して鈍感になり、定性的な情報から意味を汲み取る生来の能力を衰えさせることになる。(p.6)
技術や、そこから生まれたソリューションを何よりも大切に崇めているとき、我々は、人間の知を特徴付ける機敏さや微妙なニュアンスに目をつぶっている。技術を第一に崇めたてていると、ほかのところからにじみ出ているデータを取り込むことをやめてしまう。それでは、最適化ではなく、全体的な思考から生まれる持続性ある効率を見失ってしまう。(p.355)

そのための知の技法ーー「本当に重要なものを見極める」技法ーーのことを、本書では「センスメイキング」と呼んでいる。正直、あまりわかりやすい言い方ではないが、まあ、人文科学的な知によって鍛えられた直感、感性、みたいなものだと言っていいだろう。データ至上主義、アルゴリズム思考が定量的で固有性を剥ぎ取られた抽象的な思考だとすれば、センスメイキングはその逆、定性的で具体的な情報をベースにした、感じ取る能力、察知する能力、ということになる。

膨大なデータを取り扱えるようになった現代だけれど、だからと言って、あらゆることはデータから導き出し、証明することができる、などという風に単純にかんがえることはできない。そもそもデータというのは単なる事実の羅列でしかないわけで、それ自体では何かを生み出すということはないのだ。むしろ、まずは何らかの思考や仮説が先にあって、その誤差や不整合を適切に補正するためにデータを利用する、というのが本来あるべき姿だろう。データとはその文脈を捉えられ、適切に意味づけられてこそ有用なものになり得るものなのだ。

データが膨大であるからこそ、それらを収集し、定義し、分析し、ストーリー化しようとする際には、つまりデータを有効に活用しようとする際には、意味や文脈、関係といったものを取り扱う、人文科学の知に基づいた思考法や感性、「センスメイキング」が重要になってくる。だから、人文科学はいまなおというか、いまこそ「実践に役立つ有益な道具」なのだ、というのがマスビアウの主張だと言えるだろう。とくにグローバル社会における曖昧さや不確実性に対処しようとするとき、異文化を解釈し把握しようと試みるときにこそ、そういった力が必須になってくる、とマスビアウは繰り返し語っている。

「航海士は誰しも、手に入る情報なら何でも利用すべきです。そうすることで、やみくもにGPSや衛星を追いかけるのではなく、さまざまなかたちのデータを組み合わせ、解釈することこそ、航海の基本なのです」
天測航法を、今日の組織や企業の経営にたとえるとわかりやすい。一種類のデータに単に「反応」するのではなく、「あらゆる」データを理解することがリーダーの役割である。複数の情報源(機械的なものか人間によるものかを問わず)から得られる事実を解釈し、それに応じて戦略を策定するのである。(p.293)