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『ギルティ』

新宿武蔵野館にて。デンマーク映画。警官のアスガーは、ある事件がきっかけで現場を退くこととなり、緊急通報室のオペレータとして、事故現場に警官を派遣するだとか急病人の緊急搬送を手配するだとかいった、細々した事件に応対する日々を過ごしていた。だが、そんなある日、「いままさに誘拐されており、犯人の目を盗んで電話している」という女性からの通報を受ける。アスガーは、電話からの声と音だけを手がかりに、誘拐事件を解決しようと試みるのだが…!

いわゆるシチュエーションもののサスペンスだが、本作のおもしろさはやはり、完全な密室劇であるということ、つまり、具体的な事件現場の様子をいっさい画面に映し出すことなく、音声だけで表現している、ということだろう。なにしろ、80分の上映時間中、画面に映し出されているのは薄暗いオペレータルームの様子か、主人公のおっさんの顔面ばかりなのだ。現場で何が起こっているのかは、観客も、主人公と同じように音声を通して知ることしかできないのである。そのため、観客は音声に集中し、自らの想像力を働かせ、能動的に映画に参加していかなくてはならなくなるわけだが、まさにそのことによってかなりの臨場感、緊張感が生み出されている、というところが上手い。低予算を逆手に取ることで、作品を「体感型」のものにしているのだ。その結果、映像としては事件の様子がまったく描かれていないのにも関わらず、映画を見終わった後に物語をおもい返してみると、さまざまな光景というかイメージが浮かんでくるようになっている。いってみれば、観客の頭のなかで映画が完成するようになっているわけだ。

そんな「音声だけを頼りに事件を解決する」サスペンスの主人公、アスガーだが、彼は、「ベテラン警官ならではの勘と冷静さ、研ぎ澄まされた洞察力とでじわじわと犯人を追い詰める」、というようなタイプではまったくない。むしろ、元刑事としてのプライドや、自分勝手な正義感ばかりが強く、忍耐力や分析力、他者への配慮が欠けた人物であるといっていい。暴言を吐いたり、モノに八つ当たりしたりと、かなり短気で、いわゆる探偵役のようなスマートさが徹底的に欠けているのだ。そんなどうにもイケていない男が、事件を追うなかでおもいがけない「真実」にぶち当たり、自らの過去の罪を清算しようと改心していくことになるわけだが、このプロット上の仕掛けもまた上手い。シンプルなはずの事件が、アスガーの性格に端を発する過去の出来事と絡まり合うことで、一気に重層的な物語として立ち上がってくるようになっているのだ。

もっとも、本当の「真実」とは何か、作中の言葉を借りれば、「蛇を殺した」のが誰なのかは、劇中でそこまで明確にされているわけではない、という点には注意したほうがいいかもしれない。観客は、アスガーが被害者女性の「真実」を知るのと同時に(か、おそらくは彼よりも早いタイミングで)真犯人を特定したような気になってしまうけれど、それはアスガーの当初の過ち――本人の社会的な属性や、当事者の発言だけを根拠に、何が起こっているのかを決めつけてしまう――と同じ類の誤謬であるかもしれないのだ。われわれも、アスガーと同じように、「真実に気づいたつもりになっている」という可能性がないとも限らないのである。まあ本作の場合、そこまでの深読みは想定されていないような気もするけれど、この物語にはそういった多義性が内包されてもいる、というくらいのことは言ってもいいのではないかとおもう。