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『職業としての小説家』/村上春樹

村上春樹による自伝的な小説家論。どのようにして小説を書くに至ったか、個人的なシステムにしたがって毎日休まず書くこと、書き直すこと、走ること、観察すること、他人の意見について、文学賞について、海外での受容についてなど、過去にもあちこちで少しずつ語られていたトピックたちではあるけれど、それが自伝的なエッセイとして、作家による自己分析的なまとめとして、架空の講演録風の文体で書かれている。

俺がいちばん深く頷かされたのは、以下のところ。レイモンド・チャンドラーやネルソン・オルグレンが文学賞への無関心を表明していたことを指して、村上はこんな風に述べている。

彼らが共通して感じていたのは、あるいは態度によって表明したかったのはおそらく、「真の作家にとっては、文学賞なんかより大事なものがいくつもある」ということでしょう。そのひとつは自分が意味があるものを生み出しているという手応えであり、もうひとつはその意味を正当に評価してくれる読者が――数の多少はともかく――きちんとそこに存在するという手応えです。(p.67)

彼らにとっては、文学賞なんてものはあくまでも社会的・形式的な追認の証にしか過ぎなかったのだろう、という文脈で書かれている言葉だけれど、いや、これは作家じゃない人間だって誰もがそうだよな、と俺はおもったのだった。音楽でも絵でも写真でも、文学とは言えないような小さな文章を書くことだってそうだけれど、なにかを表現するとか作り出すとか、そういったアウトプットを続けていくためには、それに対するある種の確信や手応えや、それに共鳴し、受け取ってくれる人に対する信頼の感覚が絶対に必要になってくるんだよな、と強く感じたのだった。

そして、そんなアウトプットのなかでも、文学というやつは、表現者とその受け手との間で行われるきわめて私的な一対一の会話――仲介者を締め出してしまうような私的な会話――であるがゆえに、自分の表現が誰かに届いている、誰かと繋がっているという確信こそが何よりも大切で、作家にとっては、まさにそれこそが制作のためのエネルギーになる、ということなのだろう。