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舞台はロシア。主人公は、かつてマエストロとしてボリショイ交響楽団で指揮を振っていたものの、ブレジネフ時代に失脚、いまではすっかり落ちぶれてしまった冴えないおっさん(写真の右から2番目)だ。一発逆転を夢見る彼は、かつての仲間たちを集めてチャイコフスキーのバイオリン協奏曲をパリ・シャトレ座で演奏してやろうと試みるのだが…!
共産主義時代の悲劇、親子の絆などなど、その気になればいくらでもシリアスにできるはずの素材をなるべくコミカルに描くことで、くすくす笑えてちょっと泣ける、極上のエンタテインメントとして仕上げてきているところがぐっとくる。細かな粗はちょいちょいあるし、ストーリーの大筋なんかは序盤のうちにだいたい見えてしまうのだけど、そんなのはこういうストレートな物語にとって些細な問題でしかないし、むしろそのラフさこそがスラブっぽくて、この映画ならではの味わいに繋がっているようでもある。そして、音楽がテーマの映画においては、演奏シーンの出来栄えこそが作品の良し悪しを決める最重要ポイントになってくるだろうとおもうのだけど、本作はそこがすごくいい。
演奏シーンは、物語の最後に15分ほど(回想シーンを挟みつつ)続いていくのだけど、とにかくそこが素晴らしく心を打つ。いや、そこには何か特別に新しい演出や、斬新な物語があったりするわけじゃない。画面のクオリティだってまあそこそこ、ってところで、映画としてはごくオーソドックスなクライマックスの展開だと言っていいだろう。それでもやっぱり、ぐだぐだな演奏で曲がはじまって、でもバイオリンの一回目のソロがはじまった瞬間にオケの空気がふわっと変化するその場面を映されてしまえば――そういう展開になるってことははじめから明白であるにも関わらず――どうしたってぐっとこないわけにはいかない。
どうしてそんな、予想通りの展開、お決まりのクライマックスにぐっときてしまうのか?答えは簡単だ。その一瞬には、物語の魔法と音楽の魔法、その両方がきっちりとかけられているからだ。少しずつていねいに積み上げられてきたエピソードたちが、大音量で鳴らされるチャイコフスキーのなかでひとつに結びつけられる。物語のなかに音楽が溶け込み、溶け込んだ音楽によって物語が完成される。スクリーンに映し出されるのは、まさにそんな瞬間に他ならず、そんなものを見せられてしまえば、もうもう涙ちょちょぎれる他ないのだ。