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『ビフォア・ザ・レイン』

ビフォア・ザ・レイン [DVD]

ビフォア・ザ・レイン [DVD]

  • レード・セルベッジア
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DVDで。救いや希望はまるでなく、陰鬱なムードが全体を覆っているものの、美しい映像や凝った構成からは非常な繊細さが感じられる、そんな映画だった。テーマとして扱われているのは、旧ユーゴ紛争の一環で独立したマケドニアの国内における、マケドニア人とアルバニア人との対立。物語は三部に分かれており、各部はいずれも惨劇をもって幕を閉じることになる。

第一部「言葉」は、マケドニアの海辺の教会が舞台。マケドニア正教会の若い修道僧のもとに、アルバニア人の娘が逃げこんでくる。娘は、どうやらマケドニア人殺害の容疑で追われているらしい。娘を教会に匿っておくことはできないので、ふたりは教会を出て、国外へと逃亡しようとするが、その途中、娘の親族につかまってしまい、娘は殺されてしまう。この部だけを見ると、プロットの単純さや風景の異様な美しさもあって、ファンタジーというか、おとぎばなしのような印象を受ける。

第二部「顔」で、舞台はロンドンに移る。マケドニア出身の報道写真家(彼は修道僧の叔父であるようだ)と、イギリス人女性との不倫の恋が描かれる。写真家はサラエボで捕虜の虐殺の瞬間をカメラに納め、ピュリッツァー賞を受賞したのだけれど、罪の意識に苛まれてもいる。彼は女性に、共にマケドニアに来てくれないかと告げるが、女性はすぐには答えを出すことができない。その夜、女性はレストランで夫に別れ話を切り出そうと試みるが、夫はまるで話を聞いてくれない。と、ウェイターにしつこく絡んでいた酔客が、いきなり店内で銃を乱射。夫は巻き添えになり、命を落としてしまう。テロも怖いが、妻の話をまるで聞こうとしない夫の態度もかなり不気味、というのがこの第二部である。

第三部「写真」は、写真家がマケドニアに帰ってくるところからはじまる。すっかり荒廃してしまった故郷の姿や、かつて共に生活してたアルバニア人とも、もはやふつうに会うことが叶わない、という事態にとまどう写真家だが、仲間たちは彼を暖かく迎え入れてくれる。だが、そんなある日、従兄弟がアルバニア人の娘によって殺されたとの報が入る。私怨による復讐から娘を救おうと写真家は立ち上がるが、仲間に撃たれ、やはり命を失うことになる。娘は逃げ去り、第一部の修道僧が姿を見せる。きわめて重苦しく、悲劇的なプロットだが、ここでも映像はひどく美しく、それが余計に悲しみを誘う。

…というわけで、いっけん時系列に並べられているように見える3つのエピソードだけれど、作品の終盤になって、"じつはそうではない"ことが観客に知らされる、という構成になっている。3つの物語は円環のようにループしているとかんがえることもできるし、それぞれがパラレルに進行したと捉えることもできるようになっているのだ。

そんな各部で描かれるのは、コミュニケーションの不全と、そのフラストレーションが高まりに高まった末の暴発である。発射される銃弾や、雷をともなった豪雨として表現されるその暴発は、あからさまな戦争勃発のメタファーとして機能しており、本作が当時のマケドニア情勢や民族問題、お互いの無関心と無理解とに端を発する暴力の突発性に対して、きわめてシビアな視線を持っていることを示している。そこには、期待や展望といったものは一切感じられない。

なんとも無慈悲な作品だけれど、それが本作の持ち味であり、役割だということなのだろう。あーおもしろかった!って言えるような映画ではまったくないけれど、内容と形式とがしっかりと結びついており、全体的なクオリティの高さにびりびりくる、そんな一作だった。