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『わたしだけのおいしいカレーを作るために』/水野仁輔

カレー研究家の著者による、「わたしだけのおいしいカレー」を作るための一冊。カレー調理における注意点やコツ、スパイスの選び方、そもそもカレーのおいしさとは何か、そして自分でカレーを作る際、どんなカレーを目指すべきなのか、などなどについて書かれているエッセイ本なのだが、とにかく著者のカレーへの愛というか、カレーのことばかりかんがえている感がほとばしりまくっていて素晴らしい。

とくにぐっときたのは以下の箇所。

カレーを作るときは、「おいしくしすぎないように」と心がけている。 ちょっとだけもの足りないかな、というくらいの味が理想形だ。でも、あの日のオレンジカレーはうますぎた。鶏肉の量も多すぎた。あの味ではいけない。もう少し具が乏しくてサラッとしていて、食べている途中は、「まあまあかな」くらいの印象を持ってもらって、全部食べ終わって店を後にし、会社への道や駅への途中で、「おいしかったかも……」と頭をよぎり、翌日になって、「ああ、やっぱりおいしかったな」、翌週になって、「あれをもう一度食べたくて仕方ない!」となるようなカレーが理想形だといつも思っている。(p.74-75)
おいしくしすぎない、という感覚は説明が難しいが、「わかりやすくしたくない」というニュアンスもある。ひと口食べて「うまい!」というわかりやすいおいしさは、ある意味で淡泊な印象が残ってしまう。味の濃い料理なんかはそのたぐい。濃い味よりも深い味にしたい。奥深くて、ひと口、ふた口ではわからないけれど、ジワジワおいしさがこみあげてくるとか、しみじみとうまいとか。(p.74)

この感覚はよくわかる。俺の場合、音楽や映画や絵画なんかでよく感じる気がするのだけれど、"はじめからわかりやす過ぎるもの"、というのは、"自分にとって最高"のものにはなかなかならないのだ。たぶんそれは、その良さが自分にとって既知のもの、すでに経験したことのある良さ、だからなのではないかとおもう。本当に好きになるものっていうのは、自分の固定観念を壊してくれたり、自分の守備範囲をちょっと拡げてくれたりするようなものなのだ。

だから、そういう音楽や映画や絵画と出会った場合、体験してしばらく時間が経過してから、あれってもしかして良かったんじゃ…、でもこの間は大して感心もしなかったような…、いや、でもやっぱり良かったでしょ…、などといったちょっとした葛藤を経て、そのタイミングで改めて鑑賞してみたときに、「うお~これ、こんなによかったんだ!」とか、「うんうん、やっぱしみじみいいよね!」っていう感動がやってくることになる。自分が本当に最高とおもえるようなものは、大体そうやって好きになっていったような気がする。

とはいえ、俺はこの"本当に好きになるものは、自分の守備範囲をちょっと拡げてくれるもの"理論を食べものに対して当てはめてかんがえたことはなかった。たぶん、俺が食べものにそこまで関心を抱いていなかったせいだろう。本書を読んでカレー探求の道が恐ろしく奥深いことはよくわかったので、俺もこんな感覚を求めつつ、カレーを食べていくようにしていきたい、などとおもったのだった。