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『青色讃歌』/丹下健太

青色讃歌
第44回文藝賞受賞作。同時受賞の『肝心の子供』が最高だったので、なんとなくあまり期待していなかったのだけど、いやいや、こっちもかなりいい小説だった!

一言で言うと、主人公の高橋(28歳・フリーター・♂)の、何でもないような日常を描いた作品、ということになるだろう。それだけだと、あー、それって最近ありがちなやつでしょ、なんておもわれそうなものだけれど、たしかに表層的な要素のひとつひとつには、真新しいところはあんまりない。ただ、この小説は、フリーターを「こっち」、勤労者を「あっち」と捉えて、あっちとこっちっていう区分があやふやになっていくというか、そういう二項対立だけでは語り得ないことがいろいろあるじゃん、ってことを感じさせるようになっていて、俺にはそのあたりがなかなかおもしろかった。

高橋は、あっち側の人(ちゃんと正社員やらなにやらになって働いている人)のことをうらやむこともないし、こっち側の人(定職につかず、いつまでもバンドやってたり、夜のバイトで食ってたり)である自分たちのことを卑下したりすることもない。就職活動を一応はしているところからすると、食うためには定職につきたい、というきもちはあるっぽいのだけど、どのくらい真剣にそうおもっているのかは、いまいちわからない。高橋のなかでは、たぶん、あっちもこっちも大した違いはないのだろうし、物語としても、あっち側にいた人がいつの間にかこっち側に来ていたり、ちょっとしたきっかけでこっち側からあっち側に行けてしまったりしていて、その境界はなんだか曖昧というか適当で、はっきりとしない。

つまり、そこには、あっち側はこっち側より優れている、とか、こっち側は反体制でこっち側のが自由なんだよ、みたいな価値判断はない。どっちも同じようなもの、とまでは言い切っていないけれど、あっちだろうがこっちだろうが日々は過ぎていくし、とりあえずどうにかやっていくしかない。そんな感覚がある。

小説の終わりのほうで、高橋は一応、あっち側に行くことになる。もっとも、それまでの描写のいろいろであっち/こっちの二項対立はぼやかされてきているのだけれど、とりあえずあっち側には行く。でも、その変化によって何か大きなことが起こるわけではない。どっち側にいたっておもしろいことはあるし、まあそれなりに大変なこともある。あっちでもこっちでも、どっちにしても、

日の出はまだで、すべてが青色に包まれていた。(p.155)

って感じなのだ。この小説は、そういうきぶんを大仰にではなく、微妙なわらいを絡めつつ、さらりと描いている。そこがよかった。この感覚そのものは別に斬新なものじゃないとおもうけど、就活中の自分としては、なんだかすっと染み入るようで。もっとも、会社説明会の行き帰りの電車のなかでこの本を読んでいると、若干複雑なきぶんにもならないこともなかった。