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『あるノルウェーの大工の日記』/オーレ・トシュテンセン

現役のノルウェー人大工であるトシュテンセンによる日記本。オスロ市内に暮らすペータセン一家から、「屋根裏を居住用にリフォームしたい」という依頼の電話を受けるところから始まる、半年あまりにわたる仕事のあれこれが綴られている。全編通してほとんど仕事のことしか書かれていないので、いわゆる日記というより業務日誌的な趣もあるし、文章もごく淡々としているのだけれど、これが存外おもしろい。

どんな人でも、自分が長年携わっている専門的な仕事については一家言あるものだろうけれど、トシュテンセンの場合は個人経営の大工ということで、その守備範囲がかなり広範囲に渡っている。現場での大工作業の他にも、施主への見積作成や納期の交渉、建築士や設計士への確認や他の職人とのスケジュール調整、材料の搬入等々もすべて一人で管理、対応していく必要があるわけで、やはり業界の構造から世間での評判まで、いろいろとおもうところがあるようだ。

手を動かす仕事よりもアイデアの方が価値が高いことは、抽象的な理論や理屈を重視する社会では当然の結果だろう。現場での作業が埃っぽくて混沌としているいっぽう、アイデアは純粋で汚れのない感じがする。理論というものは常に完璧だ。それを実地に移してみて、人的ミスや建材の欠陥が発覚するまでは。図面上では間違いの生じる可能性も少ない。それは単なる紙の上に描かれた線であり、複雑でも不潔でもなく、そして無害だ。大工の仕事は、ほぼその対極にある。(p.40)
コック、大工、農業者、漁師のように手を使って働く人間は、仕事に対して概ね同じようなシンプルな態度を取っている。たとえ熟練した技術を持っていても、気取ることを嫌うのだ。職人の研修は基本の技術からより高度な技術へと進む。基本的な作業をつまらない仕事と思うか、あるいは最も重要な心臓部とみなすかは、見る側の心理状態による。(p.76)

やはり、抽象を具体に落とし込む人や、人と人との間に立ってハブ的な役割を担う人が苦労するのは、どの国、どの分野でも同じなのだろう。ただ、そんななかでも、彼の日記からは、「寒さとは何か、埃とは何かを知っている」大工であることの矜持がしっかりと感じられるところが格好いい。やっぱ職人ってこういう人だよね!という気持ちにさせてくれるのだ。

私は自分を、職人としての腕で他人から評価されたい。この仕事そのものが、私の人格であるかのように。そうすれば将来のいつか、私の職人としての技量に対する評価が、私という人間に対する評価になるかもしれない。100年前の職人たちも、同じような考えを持っていたのではないだろうか。心の内では、私は彼らの同僚、もしくは友人として、連綿と続く長い列に連なっているのだ。(p.34)

それにしても、正直な話、俺は上の文章のような気持ちを自分の仕事に対して持ったことは一度もないな…とおもう。まあ、だからこそ、トシュテンセンのような仕事人の姿がなんとも眩しく感じられるのだろう。