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『いちばんここに似合う人』/ミランダ・ジュライ

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

映画監督としても有名な、ミランダ・ジュライのデビュー作。16の短編が収められているが、どれをとってもアイデアはキュートで文体はポップ、しかしそこで描かれる心情というのはひりひりとするような痛みや孤独にまつわる切実な感情である、というところで一貫している。短めの作品が多くてさくさく読めてしまうけれど、どれもなかなかに強い印象を残す作品集だった。

読んでいてはじめに「おっ」とおもったのが、「水泳チーム」という作品。主人公の女性が、80歳オーバーの老人たちに「ボウル三つにぬるま湯を張ったの」を使ってアパートのなかで水泳を教える、というアイデア一発の、むちゃくちゃくだらない話なのだが、これがすごくおもしろい。

わたしは水には入らないでプールサイドに立ってるタイプのコーチだったけど、いっときも休むひまはなかった。偉そうな言い方かもしれないけど、わたしが水のかわりだった。わたしがいっさいを取りしきっていた。エアロビクスのインストラクターみたいに絶えず声を出していたし、きっちり同じ間隔でホイッスルを鳴らしてプールの端を知らせた。するとみんなそろってターンして、反対方向にむかって泳ぎだした。エリザベスが腕を使うのを忘れていれば、わたしはこう叫ぶ、エリザベス!足は浮いてるけど頭が沈んでる!するとエリザベスはしゃかりきになって腕を動かしだし、すぐにまた水平にもどる。(「水泳チーム」p.28,29)

「わたしが水の代わりだった」!声に出して笑ってしまいそうになる。ひねているし冷めたところだってじゅうぶんに自覚しているくせに、落とし所は必ずキャッチーなのが彼女の持ち味ということだろうか。あと、短いセンテンスの畳みかけによって生み出されるグルーヴ感がかっこいい。

他にも、「ロマンスだった」「何も必要としない何か」「ラム・キエンの男の子」「十の本当のこと」といった作品はかなり好みだった。微妙なフィーリングやちょっとした違和感といったものをぴったりする言葉に置き換えるのがうまくて、単純に読んでいてたのしいのだ。

バスルームの粉っぽい暖かさの中で、わたしは天にも昇る気持ちだった。急に一人きりになると、むちゃくちゃに暴れだしたいような気分になった。わたしはドアに鍵をかけ、鏡に向かって発作みたいに奇っ怪な動作をつぎつぎにやった。自分に向かって狂ったように手を振り、顔をゆがめてブキミで不細工な表情を作った。手を洗いながら、両手が子供になったみたいに、まず片手をあやすように揺すり、もう片方の手も同じようにした。それはワタシというものの突然の大噴火だった。科学的な用語で言うところの<最初で最後の打ち上げ花火>というやつだ。その感覚はすぐに過ぎ去った。わたしは小さな青いタオルで手をふくと、寝室に戻っていった。(「何も必要としない何か」p.104)

彼女が帰ったあと、わたしはリビングの真ん中に立って、いいわ、もう気の済むまでここにこうして立っていよう、と心に決めた。そのうちに飽きるだろうと思ったけれど、飽きないで、ますます悲しい気分になるばかりだった。手にはまだクロスを握りしめていた。もしこれを離すことができれば、また動きだせるような気がした。けれどもわたしの手は頑としてこの汚れた布を手放すまいとした。(「十の本当のこと」p.190)

どの短編でも、プロットや展開というのは結構ありがちだったりざっくりしていたりするのだけど、この語り手「わたし」の世界との対峙の仕方が独特というか、「わたし」の語り口のトーンが作品世界を一から立ち上げていくような感覚があって、そこが強烈な個性になっている。

まあそれにしても、全編に漂うおしゃれ感がすごかった。痛いところの突き方、ナチュラルなのに意外と隙のない感じ、冷静さといじわるさ、軽やかでまじめぶっていないところ、どこを切ってもアートっぽくて、しかしじゅうぶんにポップっていう、絶妙なおしゃれ感が溢れ出てくる。正直、そういうところは少し鼻につかないでもなかったけれど(個人的な好みとしては、もうちょっと青臭いところ、野暮ったいところがある方が親しみやすい気がする)、この世界はまさにこの人にしか描けない、と感じさせる、きわめてオリジナルで高水準な作品集だった。俺は、映画『パンチドランク・ラブ』や『恋愛睡眠のすすめ』、『ゴーストワールド』なんかをおもい出しながら読んだけれど、このあたりがタイプな人(それは俺のことだが…)にはまさにどストライクな一冊だとおもう。