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『レスラー』

新宿テアトルタイムズスクエアにて。すっごくいい映画!ドキュメンタリーっぽい映像で映し出されるひとりのレスラーの生きざまやその感情があまりにリアルで、本当に胸が詰まった。これはみんな泣いちゃうよなー。プロレスラーであること、ってちょっと特殊な生き方のようにおもえそうなものだけど、ミッキー・ローク演じる主人公のランディが感じる感情は、この映画を見る観客のひとりひとりにまではっきりと通じるものだ。

プロレスはランディの人生における最優先事項で、だから彼はプロレスのためにたくさんのものを投げ捨て、ないがしろにしてきた。そのため、身体にガタがきて引退をかんがえたときにはじめて、大事なもののほとんどを失ってしまっていることに気づき、愕然とすることになる。もう結構な齢なのに日々の暮らしはままならないし、自分の苦しみを打ち明けられるような相手だってひとりもいない。それはなかなかにハードな状況だ。画面に映し出されるミッキー・ロークの背中を見るにつけ、胸が苦しくなる。とはいえ、生きるってことは絶えず何かを失い続けることに他ならないわけで、俺はランディの孤独や寂しさを、そうそう、そうなんだよね…なんて、なんだか事実をひとつひとつ確認するような、どこか冷静な気分で見ていた気がする。

のだけれど、熱すぎるクライマックスはそんな冷静さを完全に吹き飛ばしてしまった。「俺にとっては外の現実の方がつらい」と言い残してリングに上がっていくランディの姿、会場を埋めるファンたちの歓声、爆音で鳴り出す"Sweet Child O'Mine"のイントロ、いまおもいだしてもおもわず震えそうになる。そしてリング上での宣言。俺の居場所はここにしかないんだ、これだけが俺のやるべきことなんだ、なんて吼えられれば、もう涙する他ない。もうこれしか残っていない、っていう悲しみと、しかしこれだけは、この場所だけはなんとしても譲れない、っていう意地と誇りとがエナジーを失くしつつあるミッキー・ロークの全身からほとばしり出る、それはあまりにもパーフェクトに美しい一連のシークエンスだった。

きっと、誰の人生にもそんな風に圧倒的な輝きを放つ一瞬があるのだろう。だがそんな一瞬の美しさがあったからといって、何かが大きく変わるわけではないし、誰かが救われたりするわけでもない。生きることはひたすらに失い続けることで、だからたとえスプリングスティーンが最高の歌を歌ってくれたとしても、そこできれいなエンディングが訪れるわけではなく、その先に続いていくのは依然として暗闇でしかないのだ。もちろん、それはあたりまえのことだ。失われたものを取り返すのは簡単なことではないし、人生をやり直すことなんてほとんど不可能だと言っていい。だからこそ美しい一瞬を封じ込めることに意味があるのだろうし、その瞬間のために人は涙を流すことができるのだろう。

生きることは端的に辛い。人の生は醜く無様で、この映画みたいにケチのつけようがないシーンで幕切れてくれたりはしない。しないとわかっていながらも、ランディがコーナー・ポストの最上段から飛んでみせるように、人はとにかく何か自分のやるべきことをやらなくてはならない。ならないのだとおもう。やるべきことをやれば、誰もが認めてくれるのか?幸せになれるのか?決してそうではないだろう。そうではなくて、それはただ、それが自分にとってやるべきことだから、やらなくてはならないのだ。だって、生きるってのはそういうことじゃないか?