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『とるにたらないものもの』/江國香織

江國香織のエッセイ集。タイトル通り、身のまわりの「とるにたらないものもの」――ふつうに存在しているもの、無駄なもの、べつに気にしなくても何の支障もないもの――に宿る詩情への偏愛が語られている。どれも2,3ページ程度の短い文章だけれど、彼女独特の視点や言葉に対するこだわりが、温かみやまろやかさ、はっとするような新鮮さを与えているから、なかなかおもしろく読める。

子供のころ、輪ゴムの箱をみるのが好きだった。それは廊下の本箱に置いてあり、茶色と黄色で、中にどっさり輪ゴムが入っていた。新しい輪ゴムは表面がかすかに粉っぽく、そのくせいくつかくっついてかたまりになっていたりして、箱に手をいれてひんやりしたそれに触れると幸福な気持ちになった。必要なときにはいくらでも使える、という安心感、便利なものが潤沢にある、という贅沢。そういうとき、指先に移るゴムの匂いも快かった。(p.12,13)

人ばかりか、私は物の愛称も苦手で、たとえば小学生のころ、シーソーを「ぎったんばっこん」だか「ぎっこんばったん」だか忘れてしまったが、ともかくみんながそんなふうに呼びならわしていて、私はシーソーのことをそんなふうにはとても呼べない、と思っていた。(p.24,25)

石けんを水やお湯で濡らし、両手で包んでするすると転がす。そのときの、手の中で石けんのすべる感触には、ほとんど官能的なまでの愛らしさがあると思う。それがみるみる泡立って、泡が空気を包み、手から溢れ、いい匂いを放ちつつこぼれていくさまは。そうしながら汚れを落としてくれるなんて、善すぎる。(p.123)

こういった文章は、いかにも江國らしい手触りにあふれていて、俺はこれらの言葉をタイピングしているだけでも、ちょっと幸せな気分になってきてしまう。彼女の審美眼を通り抜けてきた言葉たちは、どれも独特のポエジーに満ち満ちており、それは文章を読むということの幸福へとまっすぐに繋がっているのだ。