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『ハムレット』/ウィリアム・シェイクスピア

ハムレット(新潮文庫)

ハムレット(新潮文庫)

本作の何よりの魅力は、やはりハムレットというキャラクターの「底の知れなさ」にあるだろう。テキストからは、ハムレットの心情の奥底の部分、ハムレットを突き動かす本当の動機、ハムレットに取り憑いた狂気の真正さ、などといったものを明確に推し量ることができないのだ。読者は、ハムレットのふるまいから、冷徹さや酷薄さ、大胆さ、公正さ、探究心、愛情、狂気などなど、さまざまな要素を読み取ることができるけれども、それらを中心のところで結びつけるような、ハムレットという人物の「性格」なるものを見出すことはできない。「ハムレットとはXXである」と端的に定義することは、誰にもできないのだ。

そして、そんな定義不可能性は、ハムレット以外の人物にも共通している。各登場人物たちのふるまいの元となる心情についても、物語の最後までその動因が明らかになることはないのだ。幽霊はなぜクローディアスを殺せとハムレットに告げたのか?(そもそも、本当に告げたのか?)クローディアスは兄殺しの罪に本当に良心の呵責を感じていたのか?(感じていたとすれば、それはどの程度のものだったのか?)ガートルードは事件の真相をどこまで知っていて、何をおもっていたのか?オフィーリアが壊れてしまった理由は何なのか?レイアーティーズが今際の際にハムレットに陰謀の全貌を語ったのはなぜか?ホレイショーはどんな気持ちでことの顛末を見届けたのか?

誰も彼もがひどく饒舌なのに、外野には、本当のところは決してわからない。作品の主題や、作者の主張や、登場人物たちを駆り立てる目的意識などといったものは、全部まるごと闇のなかにあるのだ。それは崇高な中立性とでも呼ぶべきものである。『ハムレット』というテキストから、人間性や道徳、善悪の観念、社会的有用性といったものについての見解や価値判断といったものを見出すことはほとんど不可能だと言っていいだろう。

それは別な言い方をすれば、読み方によっていかようにも解釈が可能で、しかもどのような解釈であっても受け入れることのできてしまう懐の深さがある、ということでもある。何とも謎の多い、不思議な作品だ。

そしてもちろん、台詞回しは素晴らしい。物語終盤のハムレットの台詞なんて、びりびりするほどかっこいい。

前兆などというものを気にかける事はない。一羽の雀が落ちるのも神の摂理。来るべきものは、いま来なくとも、いずれは来る――いま来れば、あとには来ない――あとに来なければ、いま来るだけのこと――肝腎なのは覚悟だ。いつ死んだらいいか、そんなことは考えてみたところで、誰にもわかりはすまい。所詮、あなたまかせさ。(p.207)