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「駅長ファルメライアー」 /ヨーゼフ・ロート

オーストリア南鉄道の小さな駅の駅長、ファルメライアーは、ある雨の夜、列車事故の現場で美しい異国の女と出会う。女はロシア人で、ヴァレフスカ伯爵夫人といった。彼女にすっかり魅了されてしまったファルメライアーは、勃発した戦争に乗じ、軍人としてロシアに進出、苦労の末、ついに女と結ばれることに。だが、女性の夫である伯爵が戦争から帰還するや否や、ファルメライアーは彼女のもとから姿を消してしまうのだった…!

ヨーゼフ・ロートのことは、以前に『聖なる酔っぱらいの伝説』を読んだことがあるくらい(しかもまったく内容を覚えていない…)で、正直あまりよく知らなかったのだれど、なかなかクールな文章を書く作家だなー、とおもった。本作は、プロットだけでいえば、プーシキンの「駅長」と似たり寄ったりの内容だけれど、落ち着いて明晰な文章が短編らしい緊張感を感じさせてくれて、そこがとくにいいとおもった。

ファルメライアーは机から目をあげた。午後五時である。まだ日没をすぎてはいないのに、もう暗くなりはじめていた。雨のせいだった。電信機がいつもひっきりなしにかたかた鳴るのと同じように、ホームの屋根のガラスの張り出しを、雨が絶え間なくたたいていた。技術と自然が交わす絶え間のない心地よい対話だった。ホームのガラス屋根の下の大きな青みがかった敷石はかわいていた。しかしレールと、レールのあいだの小さな砂利は、暗いにもかかわらず、雨にぬれてあやしく光っていた。(p.10,11)

物語の最後、ヴァレフスカ伯爵が戦争から帰還し、夫人のもとに戻ってくる部分の描写は非常に短い。あまりにも短いので、読者にはファルメライアーの心情を慮る時間もほとんど与えられない。こんな唐突で無遠慮なエンディングを、ただただ受け入れる他ないのだ。

伯爵夫人ヴァレフスカと下男とファルメライアーは、寝床の用意をしておいた二階の彼の部屋に伯爵をはこんでいった。
「おやすみなさい!」と、ファルメライアーは言った。彼にはまだ、自分の愛する女が枕をととのえ、ベッドのふちを腰をかけるのが見えた。(p.68)

このあと、彼は旅にでた。彼の消息を聞くことはもはや二度となかった。(p.68)

「おそらく、ファルメライアーは帰還したヴァレフスカ伯爵をひと目見るや、己の敗北を決定的に悟ってしまったのだろう…」だとか、「ファルメライアーの諦めは、自分は戦争という特殊な状況下だったからこそ、伯爵夫人と結ばれることができたのだと強く自覚していたためなのだろう…」だとか、まあそういうようなことを、"作品を読みながら"感じる時間というのは、ほとんど読者には与えられないのだ。読者は、急に訪れたエンディングの後で、「ええ~、これで終わり?」とか、「なんてあっさりした終わり方なんだ…」とかおもいつつ、振り返るような形で、ファルメライアーの気持ちを推し量ることしかできない。そんな不自然さ、そんな急展開に一瞬思考が停止してしまうような感じこそが、まさにファルメライアーの身に起こったことであったかもしれない…などとおもえたりもするところが、この短編の上手さであるような気がする。