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『あの素晴らしき七年』/エトガル・ケレット

作品概要・所感

イスラエルの掌編作家、ケレットによるエッセイ集。いずれも4、5ページ程度というコンパクトな文章たちが収められている。文体はどこまでも軽やかでユーモラスで、どんなシーンでも常に笑いや斜めから見る姿勢を忘れない、というのが特徴だと言っていいだろう。

もっとも、ケレットはテルアビブに暮らすユダヤ人作家であり、その両親はホロコーストの生存者でもある。各編は、ユダヤ人であること、いつテロや爆撃の被害にあうかわからない状況であること、といったヘヴィな歴史と現実とをどこかで感じさせるものになってもいる。彼の文章の軽やかさは、困難な状況に屈せずにいるためにひねり出されたものであるのかもしれない。

見込みの低そうな場所でも、なにかいいものを見つける

日本で暮らしていると、戦時下のイスラエルに暮らす市井の人々の思考や葛藤といったものについて、リアリティを持って想像力を巡らせるのはなかなか難しいことではあるけれど、本書はそれらがどういったものであるのかを垣間見せてくれる一冊だと言えるだろう。イスラエルにだってパレスチナの死者に対して哀悼の意を示す人はいるし、ひとくちにユダヤ教徒といってもその信仰に対するかんがえ方にはかなりのグラデーションがある。そして、どんな立場であろうと、彼らにも日々の生活というものがある。空襲警報に怯えながらも、なんとか乗りこなしていかなくてはならない日常があるのだ。そのなかで時間は流れ続け、子は生まれ成長し、やがて親は老いて死んでいく。

また、本作はイスラエルの作家による自伝的な作品であるのと同時に、ひとつの家族の物語でもある。収められた日常のエピソード――ちょっとした、とはいえ本人たちにとってはなかなかに深刻なトラブルや不条理なできごとたち――はいずれもどこかキュートでポップ、くすっと笑えてしまうような、家族ものの作品でよく感じられる類の、共感力に溢れたものになっている。

本書の最後に収められている、「パストラミ」はまさにその両軸のエッセンスがぎゅっとつまった一編になっていて、俺はこれがとても好きだった。高速道路を運転中、空襲警報が鳴り響き、道路脇に車を停める。民間防衛軍の指示に従って皆が道路に腹ばいになるなか、ケレットの息子は怯えて身動きできないでいる。彼に対し、ケレットはパストラミ・サンドイッチごっこをしようと提案する。

「パストラミ・サンドイッチごっこ、する?」とぼくはレヴに聞いた。 「なにそれ?」とぼくの手を離さないままレヴは問い返した。 「ママとパパはパンで」とぼくは説明した。「レヴはパストラミ。できるだけ早くパストラミ・サンドイッチを作るんだ。ほら!まずはままの上にねそべって」とぼくは言い、レヴはシーラの背中の上に乗っかって、あらんばかりの力で抱きついた。ぼくはその上に横たわり、二人の体がつぶれてしまわないように、湿った地面に腕を立てた。 「これ、いい気持ちするね」とレヴは言って笑顔を見せた。 「パストラミ役が一番でしょ」。下からシーラが言った。 「パストラミ!」ぼくが叫ぶ。 「パストラミ!」妻も叫ぶ。 「パストラミ!」レヴも叫ぶ。その声は震えているけど興奮のためか恐怖のせいかはわからない。(「パストラミ」p.177-178)

「どんなに見込みの低そうな場所でもなにかいいものを見つけんとする」(p.52)ケレットらしい、なんともユーモラスで美しいシーンだとおもう。