アメリカの写真家、テリ・ワイフェンバックの写真集。タイトルのとおり、MapleとChestnutをその名に冠されたふたつのストリートの間の小径を舞台に、古き良き、50年代アメリカの美しい郊外の雰囲気を残した風景を写し出している。
画面のごく一部だけにフォーカスして背景ボケを思い切り広く取り込んだ光豊かな写真たちは、取り立てて特殊な被写体でなくても、いかようにでも美しく見ることはできるのだ、ということを主張しているようである。どのページも、幻想的で色彩豊か、瞑想的で夢見るような感覚があるというか、ゆっくりとページを繰っているだけで、なんとも穏やかで幸福な気分になってしまう。
草花や木々の鮮やかな緑や赤、抜けるような空の青さ、溢れるような光と木漏れ日の優しい影、白壁の住宅と芝生、小鳥、ぼんやりした画面を横切るくっきりとした幹や枝のライン…映し出されているもののすべてから、ノスタルジアが感じられるのだ。(自分はもちろん50年代アメリカの郊外の風景を経験したことなどないわけだけれど、にも関わらず、幼年期に味わった穏やかな空気感や自然の美しさが思い起こされるせいなのか、なぜか無性に懐かしさのような感情を覚えたのだった。)
もっとも、本書に収められている美しい郊外の光景は、もはやアメリカの中産階級の象徴とは言えなくなってしまったものらしい。この郊外はいまでは高級住宅地となってしまっており、暮らしているのは若い富裕層ばかりなのだという。ワイフェンバックは、”失われた中産階級”と”ふるさとの風景”というものへのノスタルジアをかけて、本書で表現してみせたというわけだ。