アガサ・クリスティの長編第2作。おっさんふたりによる謎解きミステリだった前作とは異なり、トミー&タペンスという若いカップルを主人公にした、スリラーというか冒険小説という感じの一冊だ。第一次大戦後、幼なじみのふたり、陸軍中尉だったトミーと病院で奉仕活動を行っていたタペンスはドーヴァー・ストリートの地下鉄入口で久しぶりに再会する。金のない同士のふたりは、新聞記事に「ヤング・アドベンチャラーズ」なる名前で求職の広告を載せてみることに。やがて奇妙な依頼が舞い込んでくるが、それはイギリスを揺るがす秘密文書に関わるもので、彼らは否応なしに巨大な陰謀に巻き込まれていく…!
プロットはなかなかにチープというかアマチュアっぽい雑さがあるし、全体的なムードも古き良き冒険活劇ものという感じの大らかさがあって、『スタイルズ荘の怪事件』とはぜんぜん違う作風になっている。ジュブナイル小説っぽい、と言ってもいいかもしれない。ただ、ミステリ作家らしく二転三転するストーリーは意外と飽きさせないし、なにより陽性で軽快な文章が心地よい。スリラーではあっても不気味さや恐ろしさはまったくなくて、とにかくトミーとタペンスがたのしげに動き回っている雰囲気がよく出ているのだ。とくにクオリティの高い作品ではないとはおもうけれど、バンドのデビューアルバム的な初期衝動というか、若さゆえの勢いや輝きみたいなものが感じられて、そこがなかなか素敵な一冊になっている。
トミーはタペンスの向かい側にすわった。帽子をとると、赤い髪がきれいに後ろに撫でつけられていた。顔だちはハンサムではないが愛嬌があって、いかにも紳士でスポーツマンらしい顔つきをしている。茶色のスーツは仕立てはいいが、だいぶ着古されていた。テーブルにすわっている二人は、いかにもおしゃれなカップルに見えた。タペンスはけっして美人ではないが、小さな顔に意志の強そうな顎、黒いまっすぐな眉の下で潤んだように見える大きな灰色の目は、妖精のように愛らしくて個性的だった。黒いショートヘアに、鮮やかなグリーンの縁なし帽をかぶり、やや着古しだが短めのスカートの下から、きれいなくるぶしをのぞかせている。その外見からは格好よくなろうという意気ごみが感じられた。(p.18)
「格好よくなろうという意気ごみ」というところがとてもよい。